君振リ見テ我ナニスル
初めて会ってから四年。彼に惹かれるようになって二年が経った。しかし、二人の関係は先輩と後輩。そこから何も変化はしていない。当然だ。小平太が望んでいないのだから。
彼は本当に隠さない人だ。表裏の無い性格は滝夜叉丸が好きな一面でもある。しかし、それが滝夜叉丸の告白という選択を思いとどまらせる一因でもある。
もしも、滝夜叉丸が想いを告げれば小平太は言うだろう。
「悪いが私は滝夜叉丸の事をそういう目で見た事はない。だからその気持ちに答える事は出来ない」
躊躇も無く、己の気持ちを正直に言うだろう。それが滝夜叉丸にとって怖かったのだ。
彼の事だから、その後も恐らくは滝夜叉丸に対する態度も変わらないだろう。可愛い後輩の一人として可愛がってくれるだろう。しかし、それも滝夜叉丸には辛かった。
小平太には他意は無くてもまるで無かった事にされているような、それも辛いのだ。
告白など出来るはずも無い。
自信はある。優れているという自信が。
だが、それと色恋は別物なのだとこの三年間で滝夜叉丸は学んだ。
優れている自分が相手に絶対的に好かれるという保証など何処にも存在しないのだ。
愛されて当然の自分が愛されていないという確信を持っているとは何とも笑えない話だ、と滝夜叉丸は何度歪んだ笑みを浮かべたことか。
しかし、そんな滝夜叉丸の葛藤はある日突然終わりを告げた。
委員会活動後、一人呼び止められた滝夜叉丸は小平太に物陰に連れられてきた。
「どうしたんですか? 予算案ならこの間出来上がった物で大丈夫だと思いますが」
「なあ、滝夜叉丸」
振り返った小平太は滝夜叉丸の肩を掴むと真っ直ぐに見つめた。強い瞳に滝夜叉丸は鼓動が速くなるのを感じた。
「何ですか」
「お前、私の事が好きか?」
「!」
息を呑む。しかし、直ぐに表情を繕う。動揺を悟られてはいけない。忍者としても。
「いきなり何を言うんですか。ええ、好きですよ。昔は大嫌いでしたけどね」
小さく笑いながら答える。恐らく小平太の言う「好き」は自分が感じている、伝えたい意味合いとは異なっている。だから、後輩として答えた。
しかし、小平太は不服だったらしく、眉間に皺を寄せた。
「それはどういう意味の好きだ」
「どういう意味って……先輩が思ってるものと同じものだと思いますが」
「では、私が今此処でお前に接吻しても怒らないという事だな?」
これにはさすがの滝夜叉丸も動揺を隠す事が出来なかった。大きく身体を反応させると瞠目する。
「せ、接吻って。先輩ご自分が何をおっしゃってるか分かっているんですか?」
「ああ。勿論だ」
勿論ではない。そんな筈は無い。
滝夜叉丸は両手を握り締め力を込める。真っ直ぐ過ぎるその目を見ている事が出来なくなり、視線を逸らす。そして、乾いた笑い声を漏らす。
「いやいや。先輩分かってませんよ。接吻というのは恋人同士がする事ですよ? 先輩はそういう意味で私を好きだと、」
「ああ。そういう意味で私は滝夜叉丸が好きだ」
「!」
「いや、正確に言うと好きらしいだな」
「らし、い?」
「私の行動を見て同級生にそう言われた。お前は平の事が好きなんだ、とな」
「それであっさり認めたんですか……?」
「納得がいったからな。私はお前が居ると凄く楽しい気分になる。お前が笑えば凄く嬉しくなる。これが恋というものらしい」
恋。小平太には似合わない言葉だった。しかし、本人は至極真面目らしい。
俯いていた滝夜叉丸に「私を見ろ」と促すが、それに応じようとしないとその顎を掴むと無理矢理に顔を上げさせた。強引なその行動に滝夜叉丸は目を見張る。委員会活動中も何かに付けて強引な小平太だが、こうして個人的に対面してここまでの行動を起こした事は無い。
「滝夜叉丸。お前はどうなんだ。私と同じ気持ちなのか?」
「私、私は……」
目の前には焦がれ続けた人が居る。その人に「好きだ」と言われて喜ばない人間が何処に居る。
いいのだろうか。真に受けても。小平太の言葉の中に感じた違和感に気付かぬ振りをして、このまま心の奥底に閉じ込めていた気持ちを吐露させてもいいのだろうか。
頭の中で様々な思いが錯綜する。
言い淀む滝夜叉丸に耐え切れなくなったのか、小平太は二年前よりも成長した滝夜叉丸の身体を、更に身長も筋肉も付いた逞しい己の身体で包み込んだ。
もう駄目だ。
滝夜叉丸は瞼を強く閉じた。
「わ、たしも……私も先輩の事が好きです」
目を閉じたままの滝夜叉丸は己が知らぬ内に泣いていた。
身体から離れた温もりは、唇でかさついた感触と共に感じた。
この日から二人は先輩と後輩だけではなく恋人同士となった。
図らずもその場所が三年前、滝夜叉丸が小平太に恋に落ちた場所だという事に気付いた滝夜叉丸は「こんな事もあるのか。奇妙な事だな」と笑った。
まさかあの小平太が意図してこの場所を選んだとは考えにくい。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
強く吹いた風に滝夜叉丸は身を竦める。さすがに寝間着のままでは寒い。
そろそろ部屋に戻ろうかと思案していた時だった。滝夜叉丸は気付いた。今、自分が居る場所があの場所だという事を。
気付けば茂みに入り、大きな木の幹に触れていた。そこに触れれば何かを得られるような、そんな錯覚をしながら。
しかし、所詮錯覚は錯覚。触れても感じるのは幹の冷たさと感触のみ。
何をしているんだ、と苦笑する。全てが始まった場所だからといってなんだというのだ。偶々この場所だったというだけで、この場所に何か不可思議な力があるわけではないのに。
誰に見られていたわけでも、知られているわけでもないのに気まずげに前髪を掻き上げると、滝夜叉丸は今度こそその場を後にしようとした。
しかし。
突然頭上からした物音に滝夜叉丸は身構え、見上げる。そこに居たのは彼ではなかった。
「中在家先輩……」
声には落胆の色が混じっていたかもしれない。木の枝に片膝を付き、滝夜叉丸を見下ろす中在家長次は降りるかどうか迷っているようだった。
「驚かせてすみません」
滝夜叉丸が謝ると長次は身軽に木の上から降りてき、首を振った。気にするな、そういった意味合いだろう。
「自主訓練中ですか?」
言葉ではなく頷いてみせる長次は学園一無口として有名だ。今更気に留める事でもない。
学年や委員会こそ違えど、滝夜叉丸は元来本好き。その為、図書室にも頻繁に出入りしている。長次とはそこで本の話をしたりする仲で、六年生の中では小平太に次いで親しい先輩なのだ。
言葉では中々語らない長次の目は真っ直ぐ滝夜叉丸を見ており、そこから意味を汲み取る。
「私は散歩です」
「……寒くないのか」
風にも負けそうなぐらい小さな声だったが、確かに聞こえた滝夜叉丸は苦笑で返す。
「格好を間違えたようです。ですが、頭を冷やすには丁度良い」
長次の眉が寄る。それを見た滝夜叉丸は口が滑ったと心の中で舌を打った。
「……何か、あったのか?」
「いえ。先輩が気にするような事は何も」
「勉強の、事でなくても……年上に頼る……良いと思う」
作品名:君振リ見テ我ナニスル 作家名:まろにー