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君振リ見テ我ナニスル

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 所々が風で掻き消されながらも長次にしては珍しく多くを語った。驚きを隠せない滝夜叉丸は瞬きを数度する。尚も長次は続ける。
「それに……お前は一人で背負い……がある。私は……先輩として頼り、ないか」
「いえ! そんな事ありません!」
 今日の長次はどうしたのだろう。
 普段から頼りないと思った事など一度も無いが、こんなにも喋る――しかも自分の身を案じて――長次を見ると困惑してしまう。
 ならば、と長次は歩き始めてしまう。慌ててその後について行く。
 辿り着いたのは塹壕だった。恐らくは小平太がいつもの調子で何も考えず掘り進んでいった跡だろう。明日になれば用具委員会等から文句を言われ、これを体育委員会で埋め戻さなければならなくなるだろう。そう容易く予想がつき、滝夜叉丸は小さく嘆息を漏らす。
 一人塹壕の中に先に入っていた長次が物言いたげに見上げてくる。「何でも無いです」と取り繕うと、己も長次を見習って塹壕の中に入る。
 何故こんな場所につれてきたのか。滝夜叉丸が隣に座る長次を見やると「此処だと、少しは風除けになる」と言った。なるほど、と納得する。確かに腰を下ろせば塹壕自体が壁となり、風に当たることが少ない。寒さ凌ぎも出来るし、長次の言葉も幾ばくか聞き取りやすくなる。
 口火を切ったのは滝夜叉丸だった。
「……先輩は七松先輩と同室でしたよね?」
 頷く長次。二人は同じ組に属し、六年間同室の間柄だ。そんな彼ならば何か答えが見つかるかもしれない。滝夜叉丸はそう考えた。
「私は七松先輩と、その……」
 そこで言い淀んでしまう。よくよく考えてみれば小平太が自分との関係を誰かに話しているか滝夜叉丸は知らなかった。もしも同性と同衾している事を小平太が隠したがっていたとしたら、自分がこの場で言ってしまうわけにはいかないのではないか。
 あの、その、と言葉を選んでいると長次が一言呟いた。
「小平太と滝夜叉丸が付き合っている事は承知だ」
「え、あー、そう、なんですか……」
「やはり小平太の事か?」
「……はい」
 滝夜叉丸は目の前の乱雑に掘られた土の壁を見つめるとゆっくりと話し出した。
「私は二年生の時に七松先輩を好きになりました。それからずっと後輩としてあの人を見ていて、あの人の傍に居られる事が嬉しかった。例えそれが只の先輩と後輩としても。でも、私が四年生になって少ししてから突然七松先輩から告白、というのか、兎に角恋人に発展する機会を貰って、私達はそういう関係になりました」
 今でも目を閉じれば事細かに思い出せる程あの日は滝夜叉丸にとって転機だった。良い意味でも、悪い意味でも。
「最初は当然嬉しかったです。ずっと焦がれていた人だったし、まさかこの気持ちが実るとは思っていなかったので。だけど、日を重ねれば重ねるほど私の中には片思だった頃とは違った思いが増してきたんです。それはとても醜くて……」
 下唇を噛む。その癖を小平太は嫌った。「折角の綺麗な唇が台無しになってしまうじゃないか」と優しく解してくれるのだ。
「先日、友人が恋人と喧嘩をしたんです」
 急に話題を変えた滝夜叉丸を長次がどう思ったのかは分からない。滝夜叉丸の目には土の壁しか見えない。
「その時に彼らの喧嘩の原因を聞いて呆れて、でも微笑ましくて。そして、今日彼は私にお礼を言ってくれたんです。私は話を聞いたぐらいで何もしていないのに」
 今宵の事を思い出し、苦笑する。素直に礼も謝罪も出来るタカ丸はきっと誰しもに愛される存在だろう。そういう点では小平太に似ている気がする。色は違えど二人は共に人から好かれる魅力を持っているのだ。
「旨く仲直り出来た彼は私にこう言いました『一緒に進む覚悟をして、その先に待つ選択肢を二人で選んでいく』と。私はそれを聞いた時に頭から冷水を浴びた気分になりました。勿論二人が仲直り出来た事も、それを切っ掛けに更に仲を深めた事は素直に喜ばしい事だと思いました。けど、私は咄嗟に当て嵌めてしまったんです。私と……七松先輩との関係を」
 タカ丸があの時物言いたげにしていたのは恐らく自分が上手く表情を作れていなかった所為だったのだ。後から入ってきた喜八郎に言われた通りに。
 拳を握ると土が削れる音がした。
「私と七松先輩は確かに互いに好きだと告げました。だけど、そこから何も無い事に気付いたんです。……同衾した事はあるのに」
 気分を悪くされたらすみません、と滝夜叉丸はそこで漸く長次の方を向いた。長次はいつもの無表情なままで、しかし、目にはしっかりとした芯を持ったまま「気にすることじゃない。愛し合う者同士なら当然の行為だ」と言った。
 長次の言葉に滝夜叉丸は自傷気味に笑う。
「愛し合って、いるんですかね」
「……違う、のか?」
 訝しげに長次は問い返してくる。
「私は、凄く七松先輩の事が好きです。初めて一緒に眠った日も、初めて口付けた日も、それこそ七松先輩を好きになった日の事でさえ、今でも鮮明に思い出せます。だけど、それは結局私だけなんです。私と七松先輩はお互いに自分の事しか知らないんです。私はあの人がいつ何処で私の事を好きになったのか知らない。私の何処を好きになったのか知らない。それは七松先輩にも言える事なんです。あの人も私がいつ何処で好きになったか、何処を好きになったのか何も知らない」
 土に塗れた拳を額に当て、滝夜叉丸は苦渋の表情を見せる。その目は水分を増している。
「お互いに一方通行で、これでは片思いの時と何も変わっていない。私達には共に歩む道なんてないんです。それぞれの道を歩いて、そして、きっと近い内に終わるんです。お互いの道の上で」
 耐え切れなくなった涙が滝夜叉丸の頬に零れ落ちる。

 人前で弱味を見せるのが嫌いだった。見せた自分はもっと嫌いだった。
 だから、二年前のあの日小平太に見せた涙以来、滝夜叉丸は誰にも――不覚にも先程喜八郎に見せてしまったが――泣いている姿を見せたことは無かった。
 だが、己の隠し持っていた気持ちを吐露してしまって歯止めが利かなくなってしまった。

 一度溢れた涙は止め処無く滝夜叉丸の頬を濡らす。二年前のように嗚咽を漏らす事はないが、代わりに口からは弱音ばかりが出てくる。
「先輩は私の外見を見ている。二年前は確かに見てくれていた中身も今も見てくれているとは限らない。あの時好きだと言ってくれた私と今の私では大きく変わっている。告白してくれた時に先輩の目に映っていたのは二年前の私かもしれない。今の私の中身を知れば先輩は……幻滅するかもしれない。私はそれが怖い。だから、だからずっと先輩の前では二年前の自分でいようと努めてきた。自尊心と負けん気が強い、先輩が負けずに頑張ろうと思える後輩になろうと。だけど、本当の、今の私はそんな子供じゃない。私は、私はただの醜い独占欲の塊なんだ……」
 自分の事を見てほしい。本当の自分を見てほしい。
 だが、それで幻滅をされて別れを告げられれば今の自分では耐え切れない。
 誰よりも優秀な忍者になるという志さえ折れてしまいそうだ。
 しかし、そんな脆い『平滝夜叉丸』を小平太は求めてはいないのだ。
作品名:君振リ見テ我ナニスル 作家名:まろにー