おとしごろ
豪に助けを求めようとするが、目が合うとへらっとした笑顔になった。豪、女房役なら、今すぐこいつらを止めろ。
「帰る」
今日は帰ろう。豪はともかく沢口と東谷のテンションにはついていけない。身を引いて逃げようとする・・・・が、それは叶わなかった。
がっしり腕をつかまれて連行される。陽射しから逃げられるのは良い。でもどこに連れて行く気だ。部室だと答える沢口の頭をはたいた。すると今度は反対側を東谷が固める。
「何だよ、離せって」
右わきにいる沢口。左わきにいる東谷。2人のどこにこんな力があったのか分からないが、そのままずるずると引きずられる。
と、部室の前の廊下で、海音寺が通りかかるのが見えた。よかった、まともな人がいた。思わず声をかける。
「海音寺さ・・・・・・・・ん゛っ!?」
後ろに回った沢口の両手が巧の口をふさぐ。ついでに力もこめてくるから上体がのけぞる。
沢口の頭を手で押しやろうとするが効き目はなかった。沢口の足を踏みつけて転びそうになる。
「・・・・何やっとんじゃ、お前ら」
呆れたような声がした。必死で巧の口をふさごうとする沢口と、抱きしめるように巧のわきを固める東谷。そして、傍らで立ち尽くす豪。巧の足の下から抜け出そうと、沢口の足がぐいと後ろに引かれた。
海音寺は帰るところだったのだろう。もう制服に着替えていた。
「はしゃぎすぎて先生に見つかるなよ。あんまし遅うなると怒られるけん」
そして、じゃあなと言って踵を返す。
「やめろ沢口・・・・苦しい!」
再び振り返った海音寺に、巧は目で助けを求める。
海音寺は巧から沢口へと視線を移した。沢口は茹でだこのような顔で何でもありませんと首を横に振る。
巧の傍で動かなかった豪が、はっと思いついたように口をはさむ。
「そうじゃサワ、海音寺さんに聞いたらええ」
沢口がはっと豪をにらんだ。豪は沢口の視線に気づき、しまったと口をつぐんだ。先輩に聞くような話題ではなかった。
しかし海音寺は、にこっと笑う。あぁ、やってしまったと豪は心の中で沢口に謝った。
「なんじゃ、分からん宿題でもあるんか」
「・・・・キスのやり方を教えてほしいそうです」
そう言ったのは、口をふさいでいた沢口の腕をねじ上げた巧だった。海音寺は状況が飲み込めないのか、固まった笑顔のまま巧を見る。
沢口をはじめ、豪も東谷も巧を振り返ったままで固まった。
しばらくの間沈黙が続いた。
夕焼けチャイムの音が遠くで聞こえる。他に誰もいなくなった部室棟に、それはやけに大きく聞こえた。
少し茜色を帯び始めただけの西の空が、やけに紅く染まっているように見えた。