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ゆびきり

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結局春高での優勝は叶わないままオレは引退し、膝の故障が残された。日常生活に支障はないが、これからプロのプレイヤーとしてやっていくにはこいつを治さないことにはならない。そんな時に理事長から降って湧いたように吉報がもたらされた。
海外留学の斡旋だ。
普通のプレイヤーなら願ってもないチャンスだ。むざむざ棒に振るわけがない。バレーで食っていくことができる近道だ。日本でも実業団に入れる自信はあるが、世界的にも強いチームで揉まれてから帰ってくるのも悪くない。
それに、そのくらい時間があればきっと鏡子は親の言う通りに智之と結婚するだろう。目の前でそうなるよりはずっと諦めがつく。
そう思ってからふと自分の思い切り悪さにひとり苦笑した。鏡子のことはずっと昔から諦めていたはずじゃないか。ロミオとジュリエットは家の格が同等だからこそ敵だったし、だからこそ燃え上がる恋だった。向こうはお嬢様、オレは使用人の息子。最初から住む世界が違うのだ。どうにもならないし出来るわけもない。
オレに出来ることなんてのは智之との仲を祝ってやること、そして目の前から消えること。
そう思って承諾の返事を理事長に伝えようとしていた矢先、鏡子が試合をボイコットして行方不明になったらしいという連絡が入った。同時にオレのもとには鏡子からのメール。

鏡子に呼び出されたホテルの一室での出来事は、オレの意識を変えるには十分だった。
初めて鏡子を本気で怒鳴りつけ、あいつは素の自分でオレと向き合い、駆け引きなど無意味だと思えるくらいに幸せな抱擁を交わした。
オレはこれまでの諦めとこれからの不安をねじ伏せてでも、鏡子を欲しいと思った。強く、これまでに経験したこともないほどに、狂おしく。

「理事長、お話があります」
鏡子を試合会場まで送り届けて出迎えた理事長にオレは決意を持って切り出した。鏡子はそのまま自宅へ返され、オレは理事長と共に学舎へ戻り、理事長室へと足を踏み入れた。
「魔女の棲家」と揶揄交じりで呼ぶ者もいる理事長室はなかなか一生徒が足を踏み入れる機会はない場所だ。オレは理事長とサシで話をするプレッシャーを考えないようにするだけで大分神経を使った。鏡子たちが黒曜谷の魔女だというなら、理事長は大魔女だ。犬神家の奥様としてではなく、黒曜谷学園の理事長としての犬神了子という人の威圧感はそれほど大きいものだ。
「まあ緊張しないでちょうだい。お茶でも飲んで。ミラやサラの淹れたものに比べたら到底及ばないけれど」
オレにソファを勧めた理事長が手ずから淹れたお茶は、本人の謙遜を遥かに超えた味であろうことは予想がついている。しかしオレにはソファの座り心地の良さも一流の茶葉で淹れられたであろう紅茶の味を堪能する余裕もなかった。
「で、お話って何かしら?」
拳をぎゅっと握って、オレは意を決して口を開いた。
「留学の件ですが、辞退させてください」
「あらどうして? 鏡子にでも大石の件を聞いたの?」
オレの推薦と同時にもたらされたのは、女子バレー部一年生、大石練の白雲山移籍の打診。つまりは白雲山に関わる誰かが大石を手に入れるために、オレの海外行きを餌にしてきたというわけだ。後ろで糸を引いているのが誰かはわからないけれど。
「それは聞きました。確かに仲間を売って自分だけおいしい思いしようなんてのは気分悪いです。でもメインの理由じゃありません。ご存知の通り、オレは春高でも膝の調子が悪くて、今でも全力でプレーをするには支障があります。そんな状態で海外に出ても、オレも向こうのチームも得をしない結果になるでしょう。それよりは今治療に専念して、完全な状態で世界に出たいというのが正直なところです」
「そう、確かにもっともな理由だわ。大事な選手に体を壊せと送り出すようなことは、教育に携わる者としてはできないわね」
理事長が静かに頷く。
「それなら大石の件もお断りするべきね。先方の提示なさった条件ではあなたの海外と大石の移籍はセットだったから、あなたが行かないとなれば大石だけを他所に出すのはうちが損をするだけだもの」
理事長の言葉に安堵のため息が漏れた。しかし、オレにはまだ言うべきことがある。
「差し出がましいとは思いますが、もうひとつお願いがあります」
少々面食らったように軽く目を見開く理事長にも構わず言葉を継いだ。
「鏡子を、もう少し自由にしてやってください」
作品名:ゆびきり 作家名:河口