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なつあと

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 夏休み最後の8月31日、黄瀬は青峰と夏期補習中の学校を抜け出した。
 駐輪場から誰かの自転車を勝手に拝借し、それに乗って地元の駅へ向かった。ジャンケンで負けた青峰が漕ぐ役になり、黄瀬は荷台に座って青峰の背中にしがみつく。主役である青峰に漕がせるのは申し訳ないような気がしたが、効率の良し悪しで考えたらこれが適材適所のはずだ。
「巨乳じゃなくってゴメンっす」
 青峰の体にぴたりと貼り付いて腕を回しながら、黄瀬はどうにもならないことを謝った。
 駅に着くと自転車を停めて切符売り場に向かう。大きな路線図を二人で見上げ、行先を思案した。レジャーランドは気が進まない。二人とも制服のままなので、うっかり補導でもされたら大問題になってしまう。そうすると、残るは山か海か。
「………海にすっか、定番だけど」
 路線図を目で追いながら青峰が呟いた。誕生日である青峰がそう言うのだから、黄瀬に反対する理由は無い。それで、片道1時間弱の海近くの駅まで切符を買った。

 電車は空いていた。車内には空席が目立ち、座っているのはお年寄りと子供を連れた母親の数組だけだ。鈍行だからか、時間帯のせいなのか、普段電車通学をしていない二人には分からない。
 車両の隅の席を陣取り、外の景色を眺めながら、駅ごとに停車してゆっくり進んでゆく電車に揺られた。
「なんか、フツーに出掛けるよりドキドキするッスね…。背徳感があるから、かな」
「なんだよ、ハイトクカンって」
「ベンキョーしろアホ峰」
「おめーに言われたくねーよ」
 青峰に小突かれ、黄瀬が同調して笑った。
 窓の外は青空が広がっている。こんな日に教室に残って勉強に勤しんでいる同級生を思うと、少しだけ胸が痛んだ。けれどそれも僅かな間だけで、映る景色に青い海がフェードインしてくる頃には浮かれる気持ちで居ても立ってもいられなくなった。
 ふたりは席を立ち、乗降口のガラスに貼り付いた。
 背の高い彼らが立ち上がってはしゃぐ姿はどうしても目立ってしまい、近くの席に座っていた子供に指をさされてちょっぴり恥ずかしい思いをする。
 やがて、電車が目的の駅に停まった。
 降りてみるとそこはがらんとした無人駅で、乗っていた電車から降りてきた駅員が切符を回収し、再び電車に戻っていく。意味あんのかよソレ、と青峰が小さくぼやいた。
 電車が行ってしまうと、ふたりは踏切を渡って海沿いの道に出た。海は、もう目の前だ。
「青峰っち!はやく!はやく!」
 黄瀬が駆け出し、振り返って青峰を呼ぶ。
「ガキみたいにはしゃいでんじゃねーよ」
 そう言いながらも青峰はしっかり黄瀬に追い付いた。並んで砂浜を駆け、波打ち際まで突っ込む。濡れた砂に足を取られ、黄瀬が盛大にすっ転んだ。
「わーっ!冷たっ……!!!」
「何してんだおまえ、バーカ!」
 水の中に座り込んだ黄瀬を見て青峰が腹を抱える。制服濡らして帰りどうすんだ、という現実的な問題は一旦頭の隅に追いやる。
「笑ってないで、手貸してほしーッス」
 黄瀬がぶうっと唇を突きだして言うと、青峰が「わーったよ」と言って黄瀬の前に手を差し出した。その手を取って、黄瀬が思い切り自分のほうへ引っ張る。
「う…わ…てっめ…!!!!」
 バランスを崩した青峰も海の中へ倒れ込んだ。今度は、黄瀬がずぶ濡れの青峰を見て笑う。
 辺りに人はいなかった。遊泳の時期を過ぎているので当然といえば当然なのだが、遊んでいるのは黄瀬と青峰くらいで、あとは犬を散歩させている人が時々通るくらいだ。
 昼間の海でもこんなに静かな時があるんだな、と騒がしい海水浴場しか知らない黄瀬は思った。リアリティの無さに、時間が止まったように感じる。それが叶えばどんなにいいだろう。そう思い、隣の青峰を見た。
「……なんだよ」
「なんでもないッス。………誕生日、おめでとうゴザイマス」
「…どーも」
「それから、ありがとう」
 黄瀬の言葉を聞いた青峰が怪訝な顔をする。
「何がだよ」
「……………」
 聞かれても、理由がありすぎて言葉が続かなかった。
 大切な日に自分と一緒に出掛けてくれたこと、バスケに出会わせてくれたこと、それから。夏の終わりに生まれてきてくれたこと。そのすべてが大切で、言葉にしてしまうと明確には伝えられない気がした。
「……この前、似合わない日に生まれたなんて言ったッスけど」
 座り込んだ二人に容赦なく波が襲い掛かり、頭のてっぺんまでびしょびしょに濡らしてゆく。口の中が塩辛くて、喉が渇いた。
「今日が青峰っちの誕生日で良かったッス。夏が終わりそうで寂しい時に青峰っちの誕生日があって」
 よかった、と笑おうとしたら顔面に海水を掛けられた。突然だったので水が気管支に入ってしまい、黄瀬はげほげほ咳き込んだ。鼻にも水が入り込んでつんと痛む。
「ワケわかんねーこと言ってんじゃねえよ。おら、遊ぶぞ」
「うう……ヒドいッス……」
 青峰がざばざばと浅瀬のほうまで進んでいくので、仕方なく黄瀬もそれに続いた。水を吸ってぐっしょり重くなったシャツやズボンが肌に貼り付く。「水着持ってこればよかったッスね」と黄瀬が言うと「もう変わんねーだろ」と青峰が答えた。無事なのは、砂浜に投げ捨ててきたカバンと靴だけだ。
 そのまま何をするでもなく、寄せる波を飛び越えてみたり、貝殻を集めてみたり、意味の無いことを繰り返しながら何時間も過ごした。

 ふと辺りが暗くなったのに気が付いて、もう日暮れなのかと空を見上げると西の方角を中心に黒い雲がどんより広がっていた。水気を含んだ雲はどっぷりと重たく、今にも雨を降らせそうだ。
「うわ、これヤバイんじゃないッスか。青峰っち」
 濡れた制服のまま砂浜に寝そべっている青峰に声をかける。黄瀬の慌てた様子に青峰も同じように空を見上げた。目を凝らすと時折、雲の上で走る稲光がチカチカと透けて見える。
「こりゃ一気に来るな。降り出す前に避難すんぞ」
 言うが早いか青峰は投げ捨ててあった荷物を二人分担いで歩き出した。残された靴だけ引っ掛け、黄瀬が慌ててその後を追いかける。
「どこに行くんスか?」
「あっち、海の家とかあったろ」
「でも、全部閉まってるッスよ」
「わーってるよ。屋根がありゃいいだろ」
 夏の天気は変わりやすい。青峰と黄瀬が屋根のある場所へ逃げ込むと同時に空からは大粒の雨が激しく落下し始めた。水が地面を叩きつけるザアアアという轟音だけが辺りに響き、波の音も風の音も他には聞こえない。視界も雨で遮られ、砂浜と海の境界線がぼんやりと霞んでいる。
「危なかったッスね」
「こんだけ濡れてりゃ同じことだけどな」
「海で濡れるのと雨で濡れるのはワケが違うッス!」
 黄瀬の力説に押され、青峰もつい「それもそうか」と頷いた。
 激しい雨音に混じって、雷が鳴り始めた。ぱっと空が光ったかと思うと唸るような音が響き渡る。
「さすが、青峰っちの誕生日ッスね」
 雨と雷の空を見上げながら黄瀬が苦笑する。
「どーゆー意味だよ」
 青峰が睨むと、黄瀬がすっと空を指さした。
「すぐ怒る?」
「…………………」
 それには答えず、代わりに青峰は黄瀬の頭を一発殴った。頭を押さえた黄瀬が「ほら!」と非難の声を上げるが、それも無視される。
作品名:なつあと 作家名:まあめ