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IS  バニシングトルーパー α 002

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 しかしクリスはまるで爆弾でも見たかのように体を震わせながら一歩下がって、部屋の電話を取っって窓際まで逃げた。

 「ももも申し訳ありませんが、今日は中華気分ですので遠慮させていただきます。ありがとうございました。お嬢様は俺なんかに構わず、ご自分でお召し上がりください」
 「そのリアクションはどういうことですか!?」
 「あっ、もしもし、食事を頼みたいのだが……」
 「ちょ、お待ちなさい!! このっ!」
 「あいたたたたたた!!」
 クリスが注文を言う前に、追ってくるセシリアは後ろから彼の手首を掴んで背中に拘束し、電話を奪い取った。
 ISのパイロットとして格闘術の訓練を一通り受けてきたセシリアにとって、これくらいは造作もない。

 「あなた、わたくしのサンドイッチがそんなに嫌ですの?」
 「そ、そんな滅相もございません。ただ今日は中華気分でして……」
 「ならせめて一個だけでも食べてみなさい。そしたら好きにして構いませんから」
 「俺に死ねと仰るのですか!」
 「何ですってぇぇえええ!!」
 「なら……お前が……先に食べて、みろよ……そしたら……サンド、でもなんでも……」
 セシリアに首を思いっきり絞め上げられて、クリスの顔が真っ青になっていく。しかし喉の奥から虫の息のように言葉を搾り出すと、セシリアはいきなりクリスの首を解放して、目をキラキラさせて何か期待しているような表情を浮かべた。

 「本当に? 本当になんでも言うことを聞いてくれますの?」
 「こほっ、こほっ、はあ……な、何の話?」
 「分かりました。そこまで仰るのなら、受けて立ちましょう」
 優雅に身を180度回転させ、長い金髪を広げる。
 アンティーク風のチェアに腰をかけて、綺麗な両足を組む。
 床に跪いたクリスにを見下すような目で眺めながら、セシリアは自信たっぷりな微笑みを浮かべた。

 「勝負です。わたくしがこのサンドイッチを先に食べて見せましたら、あなたにはわたくしの言うことを、何でも聞いていただきます」
 「えっ!? 何だよそれ!?」
 「あら、怖気がつきまして?」
 「……別にいいぞ。本当に飲み込めたら、どんなわがままでも聞いてやるよ」
 なんとか呼吸が回復したクリスはセシリアの向こうの席に腰をかけて、セシリアの目を見てそう言った。
 なぜか妙な話になってきたが、セシリアの料理は基本的に外見が綺麗に見えるだけで、人間……いや、生物が摂取できるものではない。
 いい機会だから、セシリアにも自分の料理才能のなさを知ってもらおう。

 「その言葉、忘れないでくださいね!」
 そう言い返して、セシリアはバスケットに詰まった自分の手製サンドイッチを手に取った。
 チキンサンドだった。
 綺麗に焼いた鶏肉、新鮮なキャベツやキュウリ、そしてこのセシリア・オルコットのオリジナルソースは絶妙なバランスで絡み合い、パーフェクト・ハーモニーを奏で出している。
 材料を切ってソースを調製したのは、全能美少女たる自分だ。美味しくないなんてありえない。
 今にこれを美味しく頂いて、この失礼な男を見返してやろう。

 「はむっ」
 クリスの注目の中、セシリアは淑女らしく、サンドイッチを控えめに一口噛んだ。
 咀嚼を始める。
 しかしその咀嚼が一回だけ行われた後、セシリアの顔から笑みが消えた。
 眉を顰め、口元をへの字に下げ、顔色が紫になっていく。辛そうな表情して口元を押さえ、セシリアは顔を深く伏せた。

 「無理はしないほうがいいぞ」
 妙に得意げなクリスはセシリアにそう言い、彼女の肩にそっと手をかけた。
 セシリアは明らかにサンドイッチの凄まじい不味さを我慢している。一口食べただけでそれでは、一個を完全に食べ切るなんて無理だろう。
 目的も達成したし、セシリアに無理して体を壊して欲しくない。
 しかし意外なことに、セシリアは顔を伏せたまま頭を横に振って、彼の手を振り払って拒絶した。

 「うっ、ううん……」
 「おい、無理するなって」
 「う、うぐっ……むっ!!」
 勢いと根性と意地で、セシリアはなんとかその一口だけを飲み込んだ。そして間髪入れずに保温水筒の蓋を開けて、中にある暖かい紅茶を凄い勢いで喉に流し込む。
 しかし飲むのが急ぎすぎて、すぐにむせて咳き込み始めた。

 「大丈夫? ……ほら」
 クリスは苦笑を浮かべながら、苦しそうにしているセシリアの背中を優しくさすり、ハンカチを差し出す。
 それを受け取ったセシリアは頭を横へ振りながら、口元と手についた紅茶をふき取った後、その一口しか食べてないサンドイッチをもう一度手に取った。

 「おい、待て! 何をする気だ!?」
 「だって、まだ一個を食べ切れていませんもの」
 「落ち着け!」
 一回深呼吸して、セシリアは覚悟を決めた表情でサンドイッチを口元へ持っていくが、その前にクリスは彼女の手首を掴みとめた。

 「もう食うな! 不味いってわかったろう!!」
 「……確かに、チェルシーが作るのと差があることは認めます」
 「いや、差があるとかそういうレベルの話じゃないと思うぞ」
 「……ですが勝負に敗北を認めるわけにはいきません。この一個だけは、食べきってみせます!」
 「もう俺の負けっていいから、止せ!」
 セシリアの手からクリスはその毒々しいサンドイッチを強奪し、残りの入ったバスケットと共に彼女から遠ざけた。
 筋金入りの意地っ張りなのは分かっていたが、少々甘く見積もっていたようだ。

 「とりあえずお前の分も注文しておくから、中華を食え」
 「……結構です」
 ついてに奪還した電話で注文しようとすると、セシリアはハンカチで口元を押さえたままそう言い、姿勢を正した。
 それでも、その苦々しい表情が収まる様子は見えない。

 「わたくしが作ったものですから、わたくしが食べます」
 「またそんな強がりを……俺の前でもやせ我慢したいのなら、好きにしろ」
 そう言いながら、クリスはバスケットをテーブルの上に戻した。しかし彼の少し怒ったような言葉を聞いたセシリアは、サンドイッチに手を伸ばそうとしなかった。

 「なら、言うことを聞いてくれます?」
 「なんでだよ。一個食ってないじゃん」
 「……やっぱり食べます」
 「ああもうわかった、わかったから!」
 本気で残りを食べようとするセシリアの前で、クリスは妥協するしかなかった。大きなため息を吐いて、呆れたような目で彼女を見ながら電話を耳に当てた。

 「一個だけなら、飯の後で聞いてやる」
 「よしなに」
 降参したクリスの背中を見て、セシリアは満足の笑顔を浮かべたのだった。
 しかしその笑顔は、三十分後にこの部屋に運び込まれた中華料理によって、消されることになった。
 クリスが美味しそうに食べている、鶏肉の揚げ物によって。

 「辛い! どうしてそんなに辛いですの!!」
 「はい、水をどうぞ」
 涙目になりながら、セシリアは口の中に残る辛さを取り除こうと、ゴクリと水を喉に流し込む。やがてガラスコップ一杯の水を全部飲み込んだあと、ハンカチで口元を押さえて眉を顰めた。
 ただの鶏肉の揚げ物だと思って、その辛さを甘く見ていた。