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IS  バニシングトルーパー α 002

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 「やめた方がいいって言ったのに。辣子鶏は中華料理の中、最も辛い四川料理だぞ」
 半分心配、半分面白がってるような表情で、クリスはセシリアのお冷を補充した後、彼女を悶絶させた辣子鶏を一個摘んで、口に放り込んだ。
 額に汗が出るほどの辛さだが、なかなかに美味しい。特に辛党というわけではないが、たまにこの味がすごく欲しくなる。

 「だって、あなたが好きって言ってましたから……」
 「何か言った?」
 「なんでもありません!」
 「そう怒るなよ。ほら、セシリアはこっちのを食べてみて。辛くないし美味しいよ」
 「……ふん!」
 もう一度茶碗を持ち直して、セシリアはクリスが薦めたかに玉に箸を伸ばす。
 注文した料理のうち、ほぼ全部はセシリアの習慣に合わせて味付けを薄く抑えていて、激辛風味にしたのはクリスが注文した辣子鶏だけ。
 鳥肉を揚げた後、さらに大量の唐辛子や花椒などと共に炒めたもの。そんな胃に悪そうな料理を美味しそうに食べてるのを見るだけで、舌が麻痺しそうだ。。
 なぜそんなものが食べられて、自分のサンドイッチを食べてくれないのかと、セシリアは不思議に思えてくる。

 「にしても中華の食卓は、イギリス式と大分違う様ですわね」
 今の二人は、普段セシリアが使っている書房の机よりも小さなテーブルを囲んで食事をしている。
 オルコット家屋敷の食堂にある長くて大きい食卓とは比べものにならないほどに小さいし、そもそも使用人のクリスがセシリアと同時に食事を取ることが少ないので、こういう50cm もない距離で対向して座って、食事をする機会は今までにあまりなかった。

 「中国では、作った料理を一品ごと一つの皿に盛って、それを家族みんなが箸で取って食べるのが習慣らしいよ」
 そう言って、クリスは回鍋肉を白いご飯の上に乗せて、一度に口の中へ運んだ。
 セシリアの前では詳しそうに装ってるが、実は彼もそれほど詳しいわけではない。ただたまに見たカンフー映画でそういう場面を見たことがある程度だ。

 「か、家族、ですか」
 箸を咥えたまま、セシリアは何かを思い出したように押し黙った。それを見たクリスはすぐに“しまった”といわんばかりの表情になり、なんとか話題を変えようと考え始めた。
 セシリアの記憶にある家族の食卓というものはよく知らないし、両親のことからもうとっくに立ち直ったように見えるが、彼女はまだ中学を通ってるような女の子だ。内心ではきっとまだいろいろあるだろう。

 「しかしあれだな。もうすぐ新学期だな。何か面白いイベントとかある?」
 「そんなに知りたいのでしたら、あなたも学校を通えばよろしいですのに」
 「騒がしいのは嫌いだよ」
 「そんなんだから、あなたはいつまで経っても友たちが出来ませんわよ」
 「ほっといてくれ。ああ、でも可愛い女の子に告白されたり、ラブレターをもらったりはしてみたいな。週に一回くらい」
 「それはあり得ませんから」
 急に冷たくなった目でクリスを睨みながら、セシリアはきっぱりそう断言した。
 客観的に見て、クリスのルックスは悪くない。
 優しい笑顔で誘えば、大体の相手は断らないだろう。しかしマンがじゃあるまいし、週に一度はさすがにあり得ない。

 「……ちなみに興味も他意もありませんが、一応聞いておきます。あなた、どんな子に告白されたいですの?」
 「可愛い子」
 「ですから、どんな子が可愛いと思います?」
 「えっと……大人しくて包容力があって、言うことを聞いてくれて、わがままもあまり言わない子」
 「料理や家事とかは別にいいですの?」
 「出来るに越したことはないけど、別にできなくても俺は気にしないな。なに、友達を紹介してくれるの?」
 「お断りします。そのような女性なんて現実に存在しません。もし存在しているだとしたら、それは演技をしているに違いありません」
 「そんなの普通じゃないか。気になる相手の前では、多少演技はするもんだろう? まあセシリアは演技しても、性格の悪さがオーラに出てるから無駄だろうけど」
 意地悪そうな目をして、クリスはセシリアをからかうつもりでそう言った。しかしそれを聞いたセシリアは、顔に不敵な笑みを浮かべる。

 「ご心配なく、わたくしはこれでも時々ラブレターを頂いてますもの」
 「えっ、マジで!? 誰から!?」
 余裕そうにしているセシリアの言葉に、クリスは動揺せずにはいられなかった。
 顔が可愛いし、能力も家柄も文句なしのトップクラスだし、黙っていれば性格も分からない。そんなセシリアが男に告白されない方が、不自然だろう。
 けどそれをセシリアの口から直接に聞くと、なぜか心の奥底がモヤモヤして落ち着かない。
 いや、モヤモヤの理由ははっきり自覚しているだろう。
 認めたくないが。

 「あら、気になります?」
 「……いや、別に」
 「素直じゃありませんわね」
 会話の主導権を握ったセシリアは得意げな笑みを浮かべて、自分の髪の毛を弄り始めた。

 「わたくしにお願いすれば、聞かせて差し上げてもよろしくてよ」
 「するか! 縦ロールのくせに生意気な……! 見てろ、今年に彼女を作ってやる。超可愛いの」
 「寝言は寝てから言いなさい」
 「ああ、そうさせて貰うよ」
 空になった茶碗をテーブルに置き、紙ナプキンで口元を拭いた後、クリスは立ち上がった。
 食事は終わった。
 午後は特にやることないし、雑誌を読んでから軽く昼寝しよう。
 セシリアが厄介なことを思い出す前に自分の部屋に逃げ込むことできれば。
 しかしそんな些細な安らぎすら残酷に奪い去る魔女の声が、クリスが席を立った瞬間と同時に響いた。

 「待ちなさい。言うことを聞いてくれる約束、忘れたとは言わせませんわよ」
 「……チッ」
 仕方なく、クリスは自分の席にもう一度腰をかけた。

 「んで、なにをして欲しい? マッサージか? それとも髪のブラッシング?」
 「それらはもちろん後でしていただきますが、わたくしの望みとは違います」
 「じゃあ何?」
 「――質問に答えて欲しいです。わたくしの質問に全部、素直に、嘘をつかずに」
 茶碗を置いて口を拭き、セシリアはちょっと意外そうな顔をしているクリスの目を、正面から見据えた。
 さっきまで緩かった彼女の雰囲気が、僅かながら引き締まったように感じる。

 「……内容による」
 「簡単なことです」
 微笑みを一瞬だけ薄く浮かべながら、セシリアは真剣な表情で言葉を出す。
 少しばかり真面目な話をするつもりだろうけど、ますます逃げたくなってきた。そう思いながらも、クリスは彼女から目を逸らすことができなかった。
 僅かな間の後、セシリアは唇を動かした。

 「どうして、一緒に来てくれましたの?」
 「……なんだ、そんなことか」
 少しほっとしたように、クリスは諦めていたデザートの杏仁豆腐を一口食べる。

 「本物のPTが見たかったからだ」
 「嘘ですね。騙されませんよ」
 クリスの返事を聞いた次の瞬間に、セシリアはそれを否定した。
 確かに研究所には警備用のPTが配備されているはずだし、クリスもよくPTのプラモデルを作ってたが、その答えはクリスの本心ではないはず。