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IS  バニシングトルーパー α 002

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 三年程度の付き合いだが、それくらいは確信できる。

 「あなたは嘘をつく時に、眉を触る習慣がありますわよ」
 「マジか!?」
 「マジです。さあ、本当の理由を言いなさい。約束を違えるのは、イギリス紳士のすることではありませんよ」
 「……わかったよ。紳士のつもりはないが、約束だからな」
 誤魔化すのを諦めたか、クリスは小さなため息を吐いた。
 
 「理由はいろいろある。PTが見たかったのも嘘じゃあない。でもな、それ以上にお前のことが放っておけないなんだよ」
 「わ、わたくしが? なぜです?」
 「……無自覚か。勉強、仕事、習い事、その上にIS。どれだけ背負い込めば気が済む」
 一旦話を止めて、クリスはスプーンを口に含んだ。
 甘いものを食べているとは思えないような、少々苦々しい表情を浮かべた後、言葉を続けた。

 「ISの試合はテレビで見たことがある。死ぬことはないとは言え、あれは戦いだ。撃たれたら痛みを感じるし、殴られたら怪我だってする。セシリアにはそういうのは向いてない。……ISなんかに関わって欲しくなかった」

 「……オルコット家のためには、仕方ないことです。もちろん、あなたのことも含めて」
 「自惚れるな。俺はただのアルバイトだ。お前に……オルコット家に頼らなくても、生きていける」
 少しイラついたような声で、クリスはセシリアの言葉を遮った。

 いきなり当主を失ったオルコット家の全財産をそのまままだ若いセシリアが受け継ぎ、管理する権利を承認する。その代わりに、セシリアは新型ISに乗ってデータを採集し、実験する。
 それがセシリアと政府の間に行った取引。
 つまりオルコット家が今までのままで居られるのは、セシリアの自己犠牲とも言える選択のおかげだった。
 セシリアにとって、両親が残したものは大事だ。家で働く使用人たちが大事だ。オルコット家の経営に関わるすべての人々が大事だ。彼らが路頭に迷うような事態にならないために、その取引にはすぐに応じた。
 高飛車でワガママに見えても、大事なもののために自己犠牲も厭わない子だから。

 「見ていられないよ……オレは」
 「今、なんと?」
 「何でもない。とにかくお前が危なっかしいから、面倒を見てやろうと思っただけだ」
 「また人をバカにして……!」
 わざとらしく眉を吊り上げて、セシリアは唇を尖らせる。そしてすぐに、優しい笑顔へシフトした。

 「ですが、なかなか殊勝な心掛けです。主として、ご褒美を差し上げましょう。あなた、誕生日は来月でしたわよね?」
 「覚えてくれてたのか」
 「バレンタインに誕生日というのが珍しかっただけです。それで、何か欲しいものがありまして?」
 「幸せが欲しいです」
 興味無さそうな態度で、クリスは返事する。
 正直、事故にあって病院で目が覚めた時に個人情報を聞かれたが、そもそも長期の放浪生活で自分の実年齢すら覚えていなかったから、名前以外はほぼ全部適当に捏造したものだった。

 「し、幸せ? 何ですのそれ」 
 クリスから返ってきた予想外の返事に、セシリアは目を大きく見開く。
 幸せなんて、抽象すぎて分からん。

 「俺の幸せは海の見える場所で屋敷を建てて、そこで五人の可愛いお嫁さんと楽しく暮らすことだ」
 「……どんな教育を受けたら、倫理観がそうなるのです!?」
 「何を言っている。ハーレムは男が誰でも心の中で描いている夢だ。そして選ばれた器の大きい男にだけそれが許される」
 「却下です。もっと真面目に考えなさい」
 「じゃあ、チェルシーさんを下さい」
 「だまらっしゃい!」
 誕生日プレゼントにチェルシーが欲しいと言った途端、セシリアは急に怒ったように大声を出した。

 「まったく、人の好意を何だと思ってますか! もういいです。プレゼントは勝手に決めさせていただきますから、あなたは下僕らしく有り難がりながら、楽しみにしてなさい! ふん!」
 「……楽しみにさせてもらうよ」
 そっぽを向いて頬を膨らませたセシリアの横顔を眺めながら、クリスは目を細めて、口元に優しい笑みを浮かべたのだった。



 *



 一方この時、クリスたちのいるホテルから遠く離れた道端には、一台の大型トラックが泊まっていた。
 車両の後方には大きなコンテナ一つが積んでおり、表面に中身や所属を示す文字など一切見当たらない。しかしその質感を見た限りではかなりの厚さが推測でき、近づけば、コンテナの中から電機が振動しているような音が微かに聞こえる。
 トラックの操縦席には、成人女性一人が座っていた。
 青いショートヘアに、切れ目長のつり目。その姿を見れば、恐らく誰でもクールビューティという単語を連想するのだろう。
 そして身分の隠すためか、霧がまだ完全に晴れていないこの時間に、彼女はサングラスを着用している。
 まるで、映画の中に登場する女スパイのような人だった。
 車の窓ガラス越しに周囲を眺めながら、彼女は車のアダプタに接続した携帯で電話をしていた。

 「急に予定変更させてすまない。状況は?」
 電話のスピーカーから聞こえたのは、一人の男性の落ち着いた声だった。

 「問題ないわ。あれの再調整もスゥボータ大尉が間もなく完成する。予定とは少々違うが、十分に間に合う」
 男性と同じくらい落ち着いた口調で女性は返事しつつ、サイドミラーで後のコンテナを一瞥した。

 「頼む。先日のアフリカでの作戦で、クライウルブズの量産型ゲシュペンストMK-IIは四機も中破した。標的も撃退したものの、捕獲までには至らなかったそうだ」
 「クライウルブズにしては珍しい失態だな」
 「連中は次々と新型を投入してくる。もはやゲシュペンストMK-IIだけで対抗するのは難しい。戦力増強と新型開発が最優先となった今、彼を遊ばせておくわけにはいかなくなった」
 「しかし、もし彼があなたの言うとおりの存在なら……」
 「だからこそ、引き入れなければならない」
 僅かな迷いを読み取れる女性の言葉を、男性は強気な声で遮った。

 「あの男が仕掛けた駒だ。消すことができない。だが上手く使えば、“切り札”にもなり得るだろう」
 「……あたなの決定に従うわ。これより予定通り、現場へ向かう」
 「油断はするな。警告はしたが、イギリス政府はおそらく本気にしていない」
 「分かってるわ」
 ボタンを押して、女性は電話を切った。
 鍵を回して、トラックのエンジンに火を入れる。クラッチペダルを踏む足から力を抜いて、トラックが低いスピードでゆっくり走り出す。
 午前より霧が大分晴れて、視野がかなり明るくなった。
 指でサングラスを押し上げ、女性は少し思い切ったような表情を浮かべたのだった。



 *



 翌日の午前十時、セシリアとクリスはIS開発研究機関「バレトン研究所」の敷地内を歩いていた。

 「見てください、お嬢様。本物のPTですよ、PT。陸軍が採用している “スコーピオン”です。まさか本物を拝める日が来ようとは」
 「……」
 少し離れた場所に並んでいるPTの列を眺めて、両手に荷物を携えたクリスは少し興奮気味な声でそう言った。