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IS  バニシングトルーパー α 002

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 セキュリティアドバイザーという肩書きについてはよくわらないけど、こっちのことを知っているのは職務範囲だろうか。
 とりあえず友好的な人間と認識しても、問題はなさそうだ。

 「クリスはさっきから、PTの写真を撮っていたわよね」
 「あっ、はい。実物を見るのは今日が始めてで、それでつい写真を。消さないとダメですか?」
 「いいえ。それくらい別に構わないわ。それよりあなた、PTに興味があって?」
 「はい! 雑誌は毎期読んでますし、PTの模型もよく作ります。でもやっぱり実物は違いますね」
 「男の子らしいわね。しかしあれは、兵器よ」
 子供が憧れな目で眺めるほどのものじゃない、といわんばかりの表情を浮かべながら、ヴィレッタはそう言った。

 「……それは理解してますが」
 確かにヴィレッタの言うとおり、ISから得た技術は、PTがもっとも多く転用している。その本質は戦争するために、洗練された技術の結晶。
 クリスもあくまでPTの機械としての美が好きなだけで、決してマシンが人を殺す場面が見たいわけではない。

 「まあ、その気になれば果物ナイフだって立派な凶器になりますし、要は使いようですね。人の業をものに押し付けてはいけないと思いますよ」
 「それもそうだな。……乗ってみるか?」
 「えっ――!?」
 ヴィレッタの唐突かつ予想外の提案に、クリスは驚きのあまりに言葉を失った。
 陸戦において総合戦力が最強と言われるPT。
 ISに使用されている脳波のフィードバックシステムのエコノミー型を搭載しているため、操縦性が優れており、戦車など他の機動兵器よりもパイロットの養成期間が短いとされている。
 それが戦車の代用品になるまでそう時間は掛からなかった原因のひとつでもある。
 しかしだからといって、完全の素人が容易く乗れるものではない。免許のない人間に車を運転させるのと同じくらい、それはとても危険なことだ。
 セキュリティアドバイザーの権限がどこほどのものかはよく知らないが、ヴィレッタの表情は冗談を言っているようには見えなかった。

 「い、いいんですか!? 本当に!?」
 話に乗りたくなるのが本音だった。贅沢は言わないけど、せめて装着して歩いてみたいものだ。
 別のことならそう簡単に釣られないかもしれない。けれどPTは乗ってみたい。凄い乗ってみたい。

 「でもその代わり、データを取らせてもらうけれど」
 「はい。自分でよけれ……っ!!」
 データくらい幾らでもどうぞ、といいかけたクリスの言葉は、唐突に鳴り始めた警報音によって遮られた。
 危険を知らせ、人の緊張感を一瞬にして最大値まで引き上げる大きな音だった。
 そして間髪を入れずに、すぐ近くに響いた爆発音。
 ガス爆発でも起きたかと、人に思わせるほどの音だった。

 「な、なに……!?」
 爆発音の発生源は実験場の方から来た。今クリスが居る位置からでは具体的な爆発位置を確認できない。
 しかし反射的に目を上げた瞬間、彼はすでに爆発の原因と思われるものを目撃してしまった。
 虫だった。
 先端の割れたツノと、六本の脚。
 白くて長い尻尾の生えたカブト虫の群れが、空からやってくる。
 ただの虫なら、恐れることはないだろう。しかしあのカブト虫、ざっと見てゾウと同じくらいの大きさがあり、全身が金属で出来たように見える。
 あれは虫と言うよりは、虫の形をしたロボットと言うべきだろう。

 「何なんだ、あれは……」
 空力を無視した構造で飛んでいる以上、PTである可能性が低い。ISなら、もっとコンパクトなサイズにできるはず。
 ならば、あれは何なんだ?

 疑問についてもっと深く考える前に、攻撃が始まった。
 口からレーザービームを撃ちだして、虫ロボットたちは実験場のドーム外壁を攻撃して、それで開いた穴から、中へ侵入していく。
 兵士たちは銃を構えて実験場へ突入し、外に展開したPT部隊はまだ残っている虫ロボットに対して対応を始めた。
 ワイヤーアンカーを発射して壁を登ってドームに上がり、PT部隊は腕に装備したガトリングガンに火を噴かせ、ミサイルポットのパッチを開放する。
 強化ガラスでできたのドーム外壁がすでに破れたが、その奥にはISの光学兵器をも遮断できるエネルギーバリアがあり、ミサイル程度では簡単に破壊されないし、虫だってすぐには侵入できない。それよりも小回りの効くPTで虫ロボットをドームから駆逐する方が急務だと、パイロットたちが判断した結果だろう。
 しかし30mm徹甲弾のシャワーを浴びながらも、虫ロボットは大したダメージを受けていなかった。そして頭部から出るビームで、迫ってくるPT部隊を薙ぎ払う。
 照射を受けて装甲板が溶解されたPTが、次々と爆炎になっていく。

 「うわああっ!!」
 呆然とそれらを眺めていたクリスの足元に、爆散したPTの残骸が落ちてきた。それにびっくりして、クリスは大声を上げながら尻餅をつく。
 PTのどの部位なのか分からないほど砕けたその残骸から、肉を焦げた匂いがする。一瞬、胃が強い吐き気に襲われて、思わず口を手で押さえた。
 数分前まで静だった場所が、血と肉が飛び散るバトルフィールドとなった。
 なぜだ。
 そんなの知らないし、どうでもいい。
 それより逃げよう。さっさと何処か遠くまで逃げよう。
 虫ロボットの戦闘力はPTよりも高く見える。生身の自分に何ができる。
 倒すならPTよりも強いもの――そう、ISでもなければ無理だ。

 「……セシリアは?!」
 そうだ。実験中のセシリアはまだあの実験場の中にいる。
 この襲撃にはもう気づいているはずだ。
 なら今はどうしている。無事なのか。
 分からない。

 「くそっ、くそ!!」
 「待って!!」
 気づけば、自分はすでに走り出していた。
 後ろから聞こえたヴィレッタの呼び声を無視して、実験場の入り口に向けて全力で走り出していた。
 セシリアはISの操縦者。他の人間より遥かに安全のはず。
 もしかしたら、あの虫ロボットたちを倒せるかもしれない。
 冷静に考えてみれば、これくらいの可能性は思いつく。
 しかし今のクリスは冷静ではない。
 この目でセシリアの安全を確認しない限り、安心できない。
 だから、全力でセシリアの元へ向かう。
 それだけだ。

 *

 「やれやれ。もう少し冷静な人間だと思っていたが」
 去っていったクリスの後姿を見送った後、ヴィレッタはサングラスをもう一度かけて、小さなため息をついた。
 爆発はまだ続いている。
 いつ流れ弾に当たってもおかしくないこの場面でも、彼女の表情は最初のように冷静のままだ。
 耳にかけてあった通信機のボタンを押し、彼女は踵を返す。

 「私だ、大尉。対応を頼む。バックアップは私が」
 『……了解』
 通信機の向こうから聞こえたのは、まだ幼い少女の声だった。

 *

 「退け! 退いてくれ!」
 実験場の内部通路に飛び込んでみると、中は限界まで混乱していた。
 資料を持って外へ逃げ出すスタッフ、怒鳴りながら奥へ突入する兵士。混乱に乗じ、クリスは兵士の後を追って、ドーム中心部に居るはずのセシリアの元へ向かう。