IS バニシングトルーパー α 002
混乱しているものの、通路は比較的に安全だった。最初に実験場の外壁を破壊した割りに、虫ロボットたちは建物を破壊しようとしていない。
なぜだ。
(やつらの狙いが、中央の方にあるからか?)
やつらに知能があることを前提として考えれば、この可能性はある。
なら、そこに何がある。
――答えは決まっている。
道の前方に、光が見えた。その先から、銃撃と爆発の音が伝わってくる。
「くそっ、だからISなんかには……!」
そう叫んだ瞬間、クリスはようやく、ドームの中心に辿り着くことができた。
照明が壊れて薄暗い通路と違って、飛び出したドームの中央部は明るい。
一瞬、激しい眩しさを感じた後、ドーム内の光景がクリスの目に映しこんだ。
ドーム中の地面には、大量の破片が散らばっていた。
虫ロボットのビームに貫かれ、悲惨な姿で倒れたPT部隊の残骸だった。歩兵たちは健在のPTに援護しながら、残骸の中からまだ生きているパイロットを救出する作業をしていた。
こっちの戦果とてゼロではない。PTの残骸の中には倒された虫ロボットが四、五機、地面に転がっている。そしてその虫ロボットの装甲表面にはガトリングガンとミサイルの弾痕以外には、レーザービームに焼かれた痕跡がある。
量産型のスピーコオンが使えるビーム兵器はない。ならばそれはおそらく、ドームの上方で虫ロボットたちと空中戦を繰り広げているISによるものだろう。
「なんて数……ビットを使いましたらただの的……!!」
青と黒のカラーリングをしたISを纏い、虫ロボットの攻撃をかわしつつレーザーライフルで反撃しているのは、新型ISを装着したばかりのセシリアだった。
ミサイルでは迎撃される。ガトリングガンではダメージを与えにくい。でもISのレーザービームでは有効攻撃を効率よく与えられる。
しかし敵の数が数だけに、セシリアも余裕があると言うわけではない。
ビームの網を潜り抜けたと思えば、後ろから別の虫ロボットがタックルしてくる。
そんな波状攻撃の中にチャンスを見つけてライフルで反撃できるのは、彼女の今までの訓練で得た技量のお陰だろう。
だがそれでも、新品だったはずの青いISの装甲表面にはかなりの損傷が見られた。ISがパイロット及び機体を守るためのエネルギーバリアにも、限界があるということだ。
「くそっ! このままじゃ……!」
PTの残骸の陰に身を隠しながら、クリスは何かできることはないかと、必死に考える。
セシリアは善戦しているものの、多勢に無勢。このままエネルギーバリアの限界が来たら、セシリアの身は危険に晒されてしまう。
目を落とすと、丁度足元にはまだ使用してないバズーカが転がっていた。対戦車ロケット弾一発だけなら、焼け石に水だろうけど、それでも何もしないよりはマシだと思った。
バズーカには既に装弾されていた。確認した後それを肩に担いで、虫ロボットに照準を合わせる。
冷静に考えると、今の自分は生身だ。虫ロボットを攻撃するなんて危険すぎる。しかし一パーセントでもセシリアが助かる確率を上げるために出来ることがあるのなら、やっておきたいと思った。
「でないと俺が……傍に居る意味が!!」
「バカモノ!!」
引き金は思ったよりも固くて、引くのに二秒もかかった。ロケット弾が炎の尾を引いて発射口から飛び出して、セシリアを囲む虫ロボットの群れへ飛んでいき、同時に耳元に聞き覚えのある怒鳴り声が響く。
次の瞬間、自分の体は飛び掛ってきた誰かに覆い被さられ、地面に倒れた。
直後に爆音が近くに轟いて、空気を震わせる。
ロケット弾の攻撃に気づいた虫ロボットの迎撃が、近くの残骸を誘爆したのだ。
「あなたは……!」
爆風が髪を激しく揺さぶり、脚に何か小さなものが刺さったような痛みを感じる。それを凌いだ後に目を開けると、自分の上を覆い被さった人物の顔が目に入る。
さっき外で、クリスを不審者だと疑った軍人さんだった。
「貴様、だぜここに……うぐっ!!」
苦しそうな表情を浮かべた軍人さんの口から、赤い液体が出た。
同時に、クリスは自分の手にも同じ赤い液体で濡れたことに気づく。
軍人さんの血だ。
間一髪のタイミングで、軍人さんは身を挺してクリスを庇った。そのせいで、彼の背中は大量の金属破片に刺されたのだ。
何とか上半身だけを起こして、軍人さんは呆然としたクリスの服の襟を捕まって、血まみれの唇から言葉を吐き出す。。
「くそったれが!……早く、避難を……ぐっ!」
乱暴な言葉を言い終える前に、軍人さんの手が無力に垂れ、そのままクリスの上に倒れて動かなくなった。
「お、おい!」
我に返ったクリスは思わず息を飲み込む。慌てて軍人さんの体を揺らしても、反応が返ってくることはなかった。
「そんな……!!」
無力な自分を庇ったせいで、一つの命がこの世から去った。
体がまだ温かいのに。死ぬ直前まで、クリスに避難させようとしたのに。
名も知らぬ彼の人生と引き換えに、自分は生き残ったのだ。
しかしクリスには、自分の混乱を整理する時間を与えられることはなかった。
「きゃあああ!!」
虫ロボットの猛烈タックルを食らって、ついに体力と集中力の限界が来たセシリアは、上空から落ちてきた。
地面に穴が開くような衝突の後、墜落によって巻き上げられた塵が空を舞う。
「セシリア!!」
セシリアの落ちた場所へ、クリスは反射的に走り出す。
左足には何枚かの金属破片が刺さって痛むが、それも気にしない。
ただ墜落したセシリアが心配だ。
「おい、セシリア! 大丈夫か!?」
塵の中に飛び込むと、ISを纏ったセシリアは地面の凹みの中に倒れていた。クリスはすぐ彼女の傍まで近づいて、心配そうな声で彼女の名を呼ぶ。
しかしセシリアから返事は返ってこない。
綺麗な顔が今では埃まみれになっていて、瞼も閉じていて呼んでも反応しない。
どうやら墜落の衝撃をISが完全に消すことが出来ず、気絶をしたようだ。もしかしたら、軽い脳震盪を起こしたかもしれない。何とか抱き上げようとしても、展開状態のISを纏った人間を相手に、それが上手くできなかった。
ISというパワードスーツは展開状態ではPTと同じかそれ以上の大きさがあって、無論重量もそれなりにある。通常では反重力デバイスで空を飛んでいるが、それを外側からコントロールすることは出来ない。
「くそ、くそ! 何でそんなに重いんだ……!」
それでも諦めたくないと、クリスはセシリアを何とかこの場から運ぼうとしても、さすがに無理があった。全力を出しても、せいぜい数十センチしか動かすことが出来なかった。
虫ロボットたちが、地面に降りてくる。
ほぼ全滅したPTの残骸を踏み潰して、クリスとセシリアの前に群れるように並んだ。金属の羽を収めて、ビームを撃っていた口の砲口を閉じる。
巨大なドームが、一瞬で静かになった。
ドームの中にまだ生きている人間は、おそらくもうクリスとセシリアしか残っていない。そしてどういう理由か、虫ロボットたちはビームを撃つのをやめた。胴体に生えた六本の脚で、近寄ってくる。
作品名:IS バニシングトルーパー α 002 作家名:こもも