神手物語(ゴッドハンドストーリー)~名医の条件~10-18話
第11話 絶望
その日目を覚ましたのはお昼少し前だった。
丁度桃子がお店の仕込みを終えて顔を出した所だ。
「お母さん、お口乾いた、それに鼻の奥が痛くて気持ち悪いの」
水を欲しがるなのはに楽飲みで水を与えようとする桃子、
だが回診に来たテル先生から注意を受ける。
「最初は口の中を湿らす程度に、それからゆっくりと与えて下さい。
でないともの凄く痛がりますから」
その一口は衝撃的だった。
口の中に冷たくひんやりした水が心地良い。
一月ぶり以上に飲む水の味、美味しかった、水がこんなに美味しいとは思わなかった。
だが、悲劇はその直後に起きる。
「◇◆□■△▲▽○●◎☆★~~~!!!」
飲み込もうとした水が喉の奥から食道にかけてもの凄く滲みるのだ。
1ヶ月何の液体も食べ物も通していなかった為もの凄く敏感になっていたのだ。
思わずむせ込む。
彼女にとってそれは驚くべき事だったろう。
たかが水、だがその水さえまともに飲むことが出来ない。
水を飲むことがこれほど大変なことだとは思わなかった。
恐る恐る口に含み少しずつ飲んでいく、まだ慣れるには時間が掛かりそうだ。
「なのはちゃん、コップ1杯の水が飲めるようになったらそのチューブは卒業だからね」
テル先生はそう言って立ち去った。
お昼ご飯と言ってもメイバランスなのだが、イリゲーターと言う器具を使って直接胃に流し込まれる。
天井に点滴を吊す金具が取り付けてあり、そこにイリゲーターを吊してメイバランスを入れる。
後は点滴と同じ要領で一滴ずつ鼻のチューブを通して胃まで流し込まれるのだ。
およそ30分、ゆっくりとしたペースで食事が終わる。
最後の締めはイリゲーターに水が流し込まれる、およそ150CCほどだ。
水が無くなるとイリゲーターは取り外される。
そう、今までこうやって食事を摂っていたのだ。
食事の間チューブを通る液体に冷やされてチューブの違和感が気持ち悪い。
その感覚は丁度鼻から通すタイプの胃カメラと同じである。
経験者なら判るだろうがそれを24時間ずっと入れられているのだ、気分は最低である。
食事の後は投薬と口腔ケア、今までは看護婦さんが医療用の大きな綿棒で
口の中を綺麗にしてくれていた。
今日からは自分で歯磨きである。
ただ吐き出す場所が洗面器なのが気分を萎えさせる。
まだ自分で起きあがれない為ベッドを起こして貰ってようやくそれをやる。
起こされて歯ブラシを持つがまるで鉛のように重い。
1ヶ月という時間が彼女から筋力を大幅に奪っていた。
一応筋力低下を軽減する為理学療法士の先生や父母が毎日手足をマッサージしてくれていた。
その為どうにか腕を動かすくらいの筋力は残っていた。
もし何もしなければ筋肉は弛緩し腕一つ、指一本動かすことが出来なくなるか拘縮が起きてその後まともにリハビリさえ出来なくなることもある。
長期間寝たきりで居ると体中にいろいろな影響が出てくるのだ。
それでも頑張って歯磨きするしかない、それもまた筋力を取り戻す為のリハビリなのだから。
歯磨きがとてつもなく大変な作業だった。
歯ブラシを持つ手が歯ブラシのグリップが堅くて痛い、口の中に入れた歯ブラシが痛い、動かす腕がまるで鉛でも付けられているかのように重い、歯磨きを終えると腕が信じられないくらいだるい。
自分の思っている感覚と実際の感覚のギャップにこれほど苦しめられることになるとは思っても見ないなのはだった。
歯磨きが終わってまた横になる。
昨日は2時間起きていられた、今日はどれだけ起きていられるだろうか?
作品名:神手物語(ゴッドハンドストーリー)~名医の条件~10-18話 作家名:酔仙