吾輩は猫でした
「エレン、遅いね」
「そうね。今日はどうしたのかしら?」
「寝坊でもしたのかな?」
「まさか、響じゃあるまいし」
「ちょ、それはいくらなんでもあんまりじゃない?」
「だって響ったら一度寝たら全然起きないんだもん。この前だって……」
響と奏の姿が見えてきた。どうやらいつもどおりケンカしてるみたいね。
「おはよう! 遅れてゴメン!」
「ああ、やっと来たーエレンおはよう……あれ? 声はするのにどこにもいない?」
キョロキョロとあたりを見回す響。そうよね、人間の姿だったらその高さにいるはずだものね。
「ひ、響……エレンが!」
先に気づいたのは奏だった。
「なに? 奏、エレンがどうした……の……?」
目と目が合う私と響。
「猫になってるー!?」
「エレン、いったいどうしたの?」
「私にもわからないのよ……起きたらこの姿になってたの」
「まさかまたマイナーランドのやつらが何かしたんじゃ!?」
響は声を荒げて怒りをあらわにする。今すぐにでも走ってどこかへ行ってしまいそうだ。
「私もそう思ったんだけど、あいつらがこんな回りくどいことするかしら?」
「そっか、あいつらならまたきっと洗脳するためにあの変なイヤホンを使うわよね」
あれのことか……洗脳されていたときのことを少し思いだしてしまった。あのときは目に映る物すべてが憎くて、ずっとイライラしていたわね。あんな思いはもう二度としたくない。
「うーん、どうしたらエレンが元に戻るのかなぁ?奏、何か思いつかない?」
「そう言われてもねぇ……ところでエレン」
奏がちょいちょいと手招きしている。なんだろう?
「なに?」
トコトコと奏の足下へ近寄る。
「ちょっと手を出してもらえる?」
「いいけど……はい」
私が右手を上げた瞬間、奏は凄まじい速さでその手を取った。
「こ、これは……ッ!」
奏の背景に雷が落ちた、ような気がする。
「この肉球……まったりとしていて、それでいて実にあっさりとしてしつこくなく、絶妙なさわり心地! ハミィとは違った味わい深さ! これが夢にまで見たエレンの肉球なのかぁ! 嗚呼、すごく、すごく気持ち、イイ……」
うわぁ……奏が朝の子供向け番組では流せない顔になってる。ドン引きだわ。
「あの、響。奏はどうしちゃったの?」
「ああ、エレンは知らなかったっけ。奏は肉球マニアなんだよ」
「……そういえばあったわね、そんな設定」
もはや番組スタッフですら覚えていなさそうね。
「たぶん奏はエレンがまだ敵だったとき、ネガトーンと戦いながらずっとその肉球を狙ってたんじゃないかな」
「そ、そうなの……」
そんなこと言われても、正直コメントに困るわね……こんなときどんな顔をすればいいの? 笑えばいいの?
それに奏はさっきから肉球を撫でたり指先でつついたり頬ずりしたり、挙げ句の果てにはしゃぶって……しゃぶって!? さすがにそれはやめてー! 放してー!
「ちょっと奏、そろそろ放しなさいって。エレンが嫌がってるわよ」
「……ハッ!? ごめんなさいエレン。私ったらつい夢中になっちゃって」
「い、いえ……いいのよ。気にしないで」
私も気にしないから。今日のことは忘れるから。いや、忘れさせて、お願い!
キーンコーンカーンコーン――遠くから学校の予鈴が聞こえてきた。
「うわ、まずい! 遅刻しちゃうよ!」
「響、急ぎましょ!」
「うん、わかった! あ、エレンはどうする?」
「私はこの姿じゃ学校に行ってもしょうがないし、元に戻る方法を探してみるわ」
「わかった。私たちも学校に行ってる間、元に戻る方法を考えてみる!」
それじゃまた後でね、と走りながら言い残して、二人は学校へ向かった。
「頼んだわよ!」
学校へと走り去っていく背中を見送って、私はため息を吐いた。
さて、元に戻る方法を探すとは言ったものの、どうしたらいいのかしらね……。