吾輩は猫でした
気分転換にはなったものの、結局町を歩いているだけでは何も見つからず、気づいたら調べの館に来ていた。
「セイレーン、音吉さんに相談してみたらどうニャ?」
「うん、そうしてみましょうか」
朝はあまり話せなかったけど、音吉さんはなんだかんだで頼りになる人だ。音吉さんなら何かわかることがあるかもしれない。
私たちは調べの館に足を踏み入れた。
いつもなら音吉さんはパイプオルガンを作っているはずだけど――ああ、いたいた。
「音吉さん」
「こんにちはニャ!」
「んん? おお、エレンにハミィか。こんにちは」
音吉さんは私たちを見て、自分のあごひげを撫でた。
「ふむ、その様子だと元に戻る方法は見つからなかったみたいじゃな」
「はい……音吉さん、何かわかりませんか?」
「ワシも少し調べたりしたんじゃが、やっぱり猫を人間の姿にする方法なんて見つからんかったわい。すまんのう」
「いえ、音吉さんが謝ることじゃないですよ」
でも音吉さんでもわからないとなると、戻る方法は本当にないんじゃないかと思ってしまう。
それでも諦めたくない。人間の姿に戻りたい。
「それでなぁ、エレン。ワシは思ったんじゃがな」
「なんですか?」
一瞬ためらってから、音吉さんは重々しく口を開いた。
「本当にエレンは人間の姿に戻らないといけないのかのう?」
「……え?」
音吉さんは何を言っているんだろう? 人間の姿に戻らないといけないのかって? そんなの決まってる!
「戻らなきゃいけないに決まってるじゃないですか! そうじゃなきゃプリキュアに変身できない!」
「確かにエレンの言うとおり、猫の姿のままではプリキュアには変身できん。じゃがなぁ……エレン、お前は女の子じゃないか」
「それがどうかしましたか?」
女の子で何が悪いんだろう?
「ネガトーンと戦っていて恐いと思ったことはないか?」
「そりゃ、ありますけど」
「殴られて痛いと思ったことは?」
「あります」
「もう戦うのは嫌だと思ったことは?」
ありません――そう言うつもりだったのに、何故か口が開いてくれなかった。
戦うのが嫌? そんなこと、思ったことがない。
――本当に?
「ワシはな、女の子が恐い思いをしてまで戦う必要はないと思うんじゃよ。そういうのは男の仕事じゃよ」
こういう考えはもう古いんじゃろうけどな、と苦笑しながら音吉さんは続ける。
「だから、戻れないなら戻れないで、エレンはもう恐い思いをしなくていい。痛い思いもしなくていい。ワシはそれでいいと思うんじゃ」
音吉さんの言いたいことはわかる。でも……それでもやっぱり私は人間の姿に戻りたい。
――本当に?
プリキュアとしてみんなを守りたい。
――本当に?
その気持ちは本当。
でも――恐いと思う気持ちも本当。
もし猫の姿のままだったら、プリキュアとしては戦えない。みんなを守ることは出来ない。でもその代わり、ネガトーンを前にして膝が震えるのを隠さなくてもいいし、殴られたり蹴られたりすることもなくなる。
どっちがいい? 私はどうしたいの?
私は――
――キーン!
「ニャニャ!?」
「……ズレとる」
「こ、この嫌な音は!」
こんなときにネガトーンが現れたっていうの!?
「セイレーン、早く行くニャ!」
「……え?」
私が行ってもどうにもならないんじゃ……だって、私はもう……。
「きっとみんなも向かってるニャ!」
みんな……響も奏もアコも、変身してネガトーンと戦うのよね。私がいなくても、みんなが戦ってくれるのよね。
「……セイレーン?」
それならやっぱり私は行かなくていいわよね? そう、なのよね?
ふと視線を感じてそちらを見ると、ハミィが私をじっと見つめていた。
「な、なによ」
「ハミィは先に行ってるニャ。セイレーンも後から絶対来てニャ!」
ハミィはそれだけ言い残して走り去っていった。
さっきのハミィの目……なんなのよ。私が行ってもしょうがないじゃない。なのに、あの目……そういえば、私がプリキュアになる前も、あんな目で私を見つめてた。どんな仕打ちを受けても私を信じてた。
ああ、んもう!
「待ってハミィ! 私も行くわ!」