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永遠と麦の穂

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 乾いた砂が舞う大地を、刹那とグラハムは二人で歩いている。輸送船は目立つので、岩山が多い箇所へと隠してあるのだ。そこから街までは徒歩による移動となった。
 刹那は沙慈とルイスを運ぶ輸送船内に、あらかじめグラハムを密航させていたのだ。だから独房にビリーがいたことも知らなかったし、もしそれを知っていたら、また違う展開になったはずだった。
 カラカラに乾いた空気と青い空が、太陽の光を容赦なく二人の上へと降り注いでいる。今は乾季と呼ばれる季節で、グラハムは頭から被っているシャツを握りなおした。
「それにしても、君が准尉とも知り合いだったとは。世間は狭いものだな」
「准尉──、ああ、ルイス・ハレヴィのことか」
 刹那もそう詳しく知っているわけではないが、沙慈のことや彼女自身が負ってしまった事情で、前よりも距離が縮まったという感じだ。
「貴様は彼女と親しかったのか?」
「私か? いいや、ほとんど何も知らんよ。アロウズに多額の寄付をしていたのは彼女らしいが」
「ルイスがそんなことを……」
 両親の仇を討つために、ただそれだけのためにアロウズの兵士となったルイス。彼女の人生をそんな風に狂わせたのはソレスタルビーイングだった。今は沙慈と共に歩めるからいいけれど、それでも彼女が自分の掌を眺めて苦悶する日々は、これからも続いていくだろう。
 真っ赤に染まってこびりついたものを薄めることはできても、消すことはできない。それが命を殺めてしまったものの業だ。
「ところで刹那。このサイズの合わない服をなんとかしたいのだが」
「わかっている。街に着くまで我慢しろ」
 がらりと話題の変わった男に呆れつつも、刹那は律儀に答えた。
 アロウズのパイロットスーツという、一発で正体が判明する姿のまま行動はできない。ソレスタルビーイングの基地内で適当に服を見繕って──盗んで──きたのだが、グラハムには横も縦も余りすぎるようだ。
「ずいぶんと巨漢というか、もう少しダイエットをしたほうがよさそうだな」
「選んでいる時間がなかったんだ」
 行動を思いついてからと、トレミーが基地を立つ時間とがあまりにも短すぎた。
「君の慌てる様子が目に見えるようだな」
 ブカブカの服を揺らして、グラハムは小さく笑う。基地で初めて会ったときと比べたら、彼はよく笑うようになった。しかもこの逃避行を、どこか楽しんでいるようでもある。
 しかし、グラハムの変化をそのまま鵜呑みにするほど、刹那はおめでたくなかった。
 彼の服のベルトには、一振りの日本刀が差し込まれてある。基地からトレミーへと移艦する際に、ただ一つだけ彼がどうしてもとせがんだものである。
「刀だと?」
「小太刀というのだが、ここへ来るときに危険だからと取り上げられてしまってな。あれだけはどうしても返してもらいたいのだが」
「……自殺する気じゃないだろうな」
 刹那は胡乱に目線をやってグラハムを伺った。
「そんなことはせんよ。今となってはたぶん、形見となるものだから手放したくないのだ」
 形見という言葉で、それが誰からの贈り物なのか瞬時にわかった。確実に命を落とすという、彼の知人の存在を思い出して、刹那は不承不承引き受けることにしたのだった。
 それが服の調達のロスにも繋がったのだから、責められる謂れはないけれど、刹那が見つけてきた小太刀をとても大事そうに胸へと抱え込んだ姿を目にした瞬間、どうしてだかその刃の切っ先が、刹那の心を深く抉ったような気がした。


 そういう過程もあった上での現在である。
 だからたとえグラハムが笑顔を見せていたとしても、それがそのまま嬉しかったり楽しかったりには繋がらないと、刹那は判断していた。
「グラハム・エーカー」
「なんだね?」
「貴様、金は持っているか?」
「金? 現金か。ふーむ、あるといえばあるが、あいにくカードも携帯もないので引き出せないよ」
「貸してやるから、スポンサーになれ」
 ポイッと、刹那は携帯をグラハムに投げた。
「別に使い道もないから構わんが。これはソレスタルビーイング独自のものだね」
 と言いながらも、グラハムは適当に判断して携帯を操っている。機械には強いのかもしれない。考えてみれば最先端の技術にあふれたモビルスーツ乗りだ。わからないわけがなかった。
「ATMが破壊されてなければいいが」
「場所を選べば大丈夫だろう」
 空爆やテロ攻撃の目標にされやすい場所以外なら、無事な可能性は高い。防犯上の理由からもATMは頑丈に造られている。
 そこまで考えてから、刹那は小さな溜息をついた。本当にこのあたりは何も変わっていない。それも悪い方向に変化がないのだから、人々が神に縋るしかなくなる理由もわかるというもの。
 《イノベイター》は倒したけれど、そこから先は人類に託された。昔のほうがマシだったと思わせるような世の中にならないよう、願うばかりである。
「終わったぞ、刹那」
「ああ、行くか」
 返された携帯を受け取り、刹那が先に立って歩き出す後ろを、グラハムも素直についてくる。
 改めて思うと不思議だ。何故、彼は黙ってついてくるのだろう。中東地域に入ってしまえば、刹那の目を盗んで逃げたとしても構わないのに。
 刹那の目的はグラハムを逃がすことと、フェルトに伝言したとおり中東各国を見て回ることだった。連邦の圧政による現状をきちんと把握しておきたい。やはりどうしても故郷であるこの地域のことは、刹那にとって特別なのだ。
「一口に中東と言っても広いが、君はどこへ向かおうというのだ?」
「特に決めてない。適当に見て回って、最終的にはアザディスタンへ行くつもりだが」
「アザディスタンか。懐かしいな、君と初めて会った場所はあの国だったなぁ」
「ああ」
 紛争解決に行き詰っていた刹那に、ヒントとなる言葉をくれたのが彼だった。今から思えば、あの頃はまだ友好的な関係とも言えたのだ。
「君の故郷はアザディスタンなのか?」
「……ああ」
 正確には違うけれど、そこまで詳しく話す必要もないと刹那は思った。グラハムは「そうか」と素直に頷いている。
「街が見えてきたな」
 掌をかざして遠くを眺めながらグラハムが言う。刹那も彼の視線を追って目をやったが、まだ遠く微かに影らしきものが見えるのみだ。
「目がいいんだな」
「私はユニオンの精鋭だったのだよ。いいパイロットの条件の一つは視力がいいことだ」
 とても誇らしげに語るグラハムだけど、刹那はそんな彼の様子に何かが引っかかった。
(──なんだ?)
 まだハッキリとは見えてこない違和感。ただ、見逃してはいけないような、そんな警告を覚える感じ。
(注意しておくか)
 なんといっても彼は危険な日本刀を所持したままである。自殺はしないといったけれど、刹那にはグラハムが大事に抱える刀が不気味でたまらない。きっかけ一つでどう転ぶかわからない、そんな危うさを漂わせていた。
「街に着いたら現金を引き落として、服や旅に必要なものを購入する」
「わかった」
 やたら素直に頷いて、グラハムは刹那のやることに一切の反対意見を言わなかった。
作品名:永遠と麦の穂 作家名:ハルコ