永遠と麦の穂
「刹那。あそこはずいぶんと開けているが、なんだろうか?」
食後の運動も兼ねて、二人は日が暮れるまでオアシスの街を散策することにした。
興味があるとカミングアウトしたグラハムは、遠慮する必要はないと判断したのか、前よりもさらに人懐っこくなっている。年齢に不釣合いな落ち着きのなさに、刹那はやや辟易していた。
これは逆に、刹那が落ち着きすぎているとも言えたのだが、自分のことは自分で見えないものである。いろんな意味でデコボコな二人は、グラハムが指摘した場所まで足を延ばしてみることになった。
「何かの畑だろうか」
「……さぁ? 俺も知らない」
刹那の故郷・クルジスは目立った作物の産地ではなかった。適さないというのが一番だったが、内紛による被害も大きな割合を占めている。
近くの民家にいた男に、グラハムがやはり図々しく尋ねてみると、耕地は小麦の畑だと教えてくれた。
「麦なんて作れるのか?」
刹那は意外すぎて、思わず男に聞き返してしまった。
「この周辺だけは砂漠の気候とは違うんだよ。冬は雨も多く降るから、それを利用して麦を育てるんだ」
「それは素晴らしいな!」
グラハムは感心したような声をあげている。
「……何がいいんだ?」
相変わらず感心のしどころが不明なグラハムに、刹那は呆れつつも興味をそそられて尋ねてみた。
「古代より麦は豊穣の証なのだよ」
「豊穣……」
「麦が豊作になれば、人々も飢えずに済むだろう? だから収穫祭の多くは、麦を神に捧げるのだ。感謝の気持ちを込めて」
そんなことをするのかと、刹那はまだ何も植えられていない耕地を眺めた。クルジスともそんなに離れていない土地に麦が育つなんて、まったく知らなかった。
同じ中東でも、戦争が起こらないというだけで、人々の暮らしはこんなにも違っている。この場所にはガンダムも、ソレスタルビーイングもいらないのだ。
何が違うのだろう。
もしかしたらそこに、ヒントがあるのではないか。戦争根絶となる道が。モヤモヤした心が答えを探して彷徨っていると、グラハムが柵に手をつきながら、少しだけ身を乗り出している姿が見えた。
「両親が私に残してくれたものは、誕生日と名前だけだった」
ふいに、彼が昔話を始めた。
「でもそのどちらも、私が真っ直ぐ生きてこられた、素晴らしいものだったよ」
刹那はただ黙って彼を見上げる。
「教会の神父が何度も言って聞かせてくれた。グラハムという名前は麦と同じつづりでね、だからそれが両親の望みでもあったんだと」
──豊かであれ! そう希望を込められた名前。
「その言葉は、私を救い、幸せにしてくれたんだよ、刹那」
この意味が君にわかるか、と。まるでそう問われているかのようだった。
「冬になったら、ここには黄金色の草原ができるのだな。刹那、君も見てみるといい。きっと気に入る」
大地に豊穣をもたらす金色のうねり。それは人の手で紡がれるもの。
刹那の知らない永遠の形。