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永遠と麦の穂

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 日が暮れる前にはテントをこしらえて、グラハムに──だいぶ回復していたけれど──まだ横になっているよう言い聞かせてから、刹那は外へ出た。
 赤い夕日が、黄色い砂漠を橙色に染め上げている。砂丘が作り出す影とのコントラストが、何かを模ったオブジェみたいだった。
 これから気温がどんどん冷え込んでいく。刹那は新調したマントを羽織りなおして、適当に砂の上にしゃがみ込んだ。
 グラハムに未来を与えてやることができないでいる。彼が興味を持ったものは刹那本人であるらしいけれど、しかし、刹那の望みはそういうことではなかった。
 もっと、別の視点で見たもの。例えば夢とか、やりたいこととか、そういった指標みたいなものを見つけて欲しいのだ。
 でもそれは、都合の良すぎる話だともわかっていた。
 刹那が彼にしてあげられること、あるいは教えてあげられるものの、なんと少ないことか。
 未来をつかむために、生きるために戦えと偉そうに言っておきながら、刹那には授けられるだけの物がない。それを思うとガッカリしてしまうのだ。
 はぁ、と溜息をついた後で、風が舞った。布地がはためく音が近くで聞こえて、刹那はゆっくりと振り返った。
「寝てろと言っただろう」
「もう平気だよ。寝すぎで逆に目が冴えて仕方ない」
 沈み行く太陽を正面に受けながら、すっかり暗くなった砂地を踏みしめて、グラハムは近付いてくる。刹那のすぐ隣まできて腰を下ろした。
「お腹が空かないか?」
 持っていた布袋を広げて、中から缶詰や携帯食糧を取り出していく。そこには昨日食べたオレンジも入っていた。
「何故、外で食べるんだ……」
 せっかくテントも張ったのに、と軽く毒づいたが、満天の星空の下で食事をするのも悪くないと思いなおす。
「素晴らしい星空じゃないか。一昨日気づいてから、毎晩一回は見ておかないと気が済まなくなった」
 一昨日といえば、グラハムが一人で外へ出て行ったあの日のことだ。夜中まで帰ってこなかったけれど、彼はそんな時間まで何をやっていたのだろうと、少し気になった。
「やはり缶詰の食事は物足りないな」
「病み上がりには調度いいくらいだろ」
「量ではなくて味の問題だよ」
 力説するグラハムをうるさく思いながらも、物静かでいるよりはこれくらいのほうが安心できるから不思議だ。
「刹那、あの明るい星がわかるか?」
「ん? あれのことか?」
 天空にある、他よりも一際明るく輝く星を、刹那は一応指差しておいた。
「そう。あれは乙女座のスピカと呼ばれる星だ」
「スピカ……。名前くらいは聞いたことあるな」
 ソレスタルビーイングに入った際、そういった天空の話をいくつか聞かされたのだけど、あまり興味がなかったせいか、刹那は曖昧にしか覚えていない。
 ガンダムを見た瞬間から、ガンダムのことしか頭になくなったのだ。そういう意味ではグラハムとそっくりだったが、お互いにその事実は知らないでいる。
「乙女座のスピカくらいは覚えておきたまえ」
「……何故だ」
「乙女座は私の星座だからだ!」
 聞かなきゃよかったと、無情にも刹那は思ったが、彼に関する知識はまた一つ増えた。
「乙女座の絵を見たことあるか? 彼女の手には麦の穂が握られているのだよ」
「麦が?」
 ここでもまた麦の話がでてくる。よくよく縁があるなと考えてから、それで彼の名前は『グラハム』なのかと気がついた。
「スピカという名前も、ラテン語で【麦の穂】という意味なのだ。乙女座と麦は結びつきが深いのだよ、刹那」
「へぇ……」
 主に雑学と呼ばれる分野だけど、刹那の知らない話をしてくれるグラハムに素直な感心を覚えた。
 ふと、気づく。
 刹那はソレスタルビーイングとしての自分を知って理解してもらおうと話はしたが、自分自身のことを知ってもらおうとは思わなかった。
 何故と考えなくてもわかる。話せるだけの材料がほとんどないからだ。刹那個人の夢もないし、暖かいと感じる思い出もない。ゲリラとして生き、洗脳されたままに親も殺した。そんな過去など話せるはずがなかった。
 今更、グラハムに指摘された事実が胸に突き刺さる。空っぽだと言われた意味の重さを知る。
居たたまれなくなった心が、刹那を立ち上がらせていた。すぐにでもこの場を離れてしまいたい。
「刹那? どうした?」
 急に立ち上がった刹那を不思議そうに、けれど気遣うような色も見せて、グラハムが伺ってくる。その仕草にも自分との違いを感じて、八つ当たりをしたくなる。
「どうした、刹那。何も言わなきゃわからないぞ?」
「……っ、俺は……」
 少しだけ前に出て、刹那は身体を反転させた。グラハムと正面を向くような格好になる。
 夜と、他に何もない砂漠ということもあり、グラハムはフードも被らずに、目立つ金色の髪を夜気にさらしている。白いアラブ風の民族衣装。同じく白い肌。オリーブのような瞳が真っ直ぐに刹那を見つめてくる。
「俺は、お前に何もしてやれない」
「えっ?」
「ガンダムがなければ、力がなければ、一人の人間も救えないほど無力だ」
「……刹那」
 グラハムの声には意外性を感じる響きがあった。
 刹那は沙慈を見ていて思ったのだ。武力ではなく、言葉だけでルイスを取り戻したあの力で人を救いたいと。戦わずに済む道があると、彼が示してくれたその道で、刹那も誰かを救いたかった。
 ガンダムの力も、ソレスタルビーイングの名も借りずに、ただの刹那・F・セイエイとして。
 けれどそれは、しょせん夢物語だった。戦いしか知らない男が、それ以外のことなど示せるはずがなかった。
 グラハムとわずかに過ごしただけでも、それを思い知らされた。
「刹那。どうしてそんなことを思うんだ?」
「どうしても何も、今が答えだ!」
 戦わない道の先に何を求めるのか、刹那にはまだこれという形ある未来の姿がない。だから教えられない。グラハムの生きる道も示すことができないのだ。
「俺は、何も……」
「刹那。もういい」
「──何が、いいんだっ!」
 片手を広げて、大きなアクションを示したその手を、グラハムにつかまれた。ハッとして、刹那は動きを止める。
「いいんだよ、刹那。もうじゅうぶん、私は君からもらっているさ。何もしてないなんてことはないよ」
「……嘘だ」
 可笑しなことに、今度は刹那が頑なになっていた。立ち尽くしたまま動けないでいる腕を、グラハムが軽く引っ張ってくる。それは緩い力だったのに、引かれるままに刹那の膝が砂の大地に落ちた。
 力なくうな垂れる身体を、グラハムの両腕がそっと抱き締めてくる。どこかで覚えのある状態にも、刹那の身体は反応できないでいる。
 グラハムはゆっくりとした口調で話しかけてきた。
「君は中東の事情に詳しくて、いろいろと私に教えてくれたじゃないか」
「それは俺の生まれ故郷だからだ……」
 新たに学んだこととは違う。生きていくうちに自然と知ったものだと、頭の中で否定する。
「砂漠だって完璧に渡ってみせただろう?」
「それも知らなきゃ生きていけないからだ」
「だが、私は何も知らないのだよ。断言してもいいが、私には地図だけで砂漠を渡ることはできない。君の手腕は実に見事だった」
作品名:永遠と麦の穂 作家名:ハルコ