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永遠と麦の穂

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 互いに熱くなった心と感情が、知らぬ間に胸倉をつかみ合う格好になっていた。
 地上よりは遥かに軽い重力の中で揉み合う身体は、部屋の中を上下左右関係なく漂い続けている。
「その武士道とやらが貴様を縛り付けていることに、何故気づかない!」
「なん、だと……!?」
 至近距離で刹那を見つめる男の深緑色の水晶から怒気が消え、代わりに戸惑いと、答えを探して焦るような色合いが浮かんでいた。己自身の矛盾に気づいてしまった以上、理論武装も言い訳もままならないのだろう。そういうずる賢さのない部分は、刹那の気に入るところだった。
 ふと、彼は自分の子供時代によく似ていると思った。
 正しいことが何なのかもわからず、言われるままに思い込み信じきった。後悔してもしきれないほどの罪を抱えてからようやく気がついた。自分がしでかしてしまったことの愚かさと、取り返しのつかない現実というものに。
 刹那は顔を近づけて、男の目を真っ直ぐ見つめながら言った。
「貴様はまだ俺を殺していない。まだ間に合う、まだ引き返せるんだ」
「……何を」
「武士道がなんなのか、俺にはよくわからないが」
「──」
「生きるために戦って欲しい。未来のために」
 刹那が先に胸倉を掴んでいた手を離すと、十数秒はそのままだった男の手もようやく離れていた。


 ふわふわと宙を漂う身体が壁にぶつかり、そのまま手をついて下まで伝い降りていく。
 ベッドの上にたどり着いた男は、ぐったりと力なくうな垂れていた。それを眺めながら刹那も天井に手を突き、反動を利用して床へと降り立った。
 アザディスタンで初めて出会ったときは、もっと苛烈で鋭い眼差しの持ち主だった。刹那の嘘をたやすく見破り、あまつさえ試しているかの如く挑発もしてきたのだ。あのときの男と、今の彼が同一人物だとは思えないほど、その姿は憔悴しきっている。
 口下手な刹那は、ロクに会話を交わしたことのない相手に、何を言えばいいのかわからず、ただ黙って様子を見守るしかできなかった。
 しばらくはどちらも無言の空間が流れた後で、男が思い出したように顔を上げ、口を開いた。
「君がどうしてこんなところにいるんだ? アロウズの艦隊と戦ったのではないのか?」
「……アロウズは滅んだ」
「なんだと? あれだけの艦隊を相手に、君たちが勝ったというのか?」
 いくらなんでも物理的に不可能だろうと、戦闘をよく知る者らしい疑問に、刹那も頷きたい気持ちでいっぱいだった。
「《イノベイター》と呼ばれる連中が、アロウズの艦隊ごと巻き込んで、俺たちやカタロンや連邦の援軍を滅ぼそうと高出力ビームを放ったんだ」
「な……」
 信じられないと、その瞳が大きくなって揺れる。
「アロウズの兵士で生き残っている者は、貴様を含めても数人だと思う」
 刹那もよく知るルイス・ハレヴィ、ソーマとマリーが連れてきたアンドレイ・スミルノフと言う男、同じくスメラギが連れてきたビリー・カタギリは刹那も何度か会ったことがある。そして目の前にいる男。恐らく生存者はそれだけだ。
「アロウズが《イノベイター》に、だと……」
 ギリッと音がしそうなくらい唇を噛みしめて呟かれた言葉に、刹那は引っかかるものがあった。
「貴様は《イノベイター》を知っているのか?」
 やや気色ばんで聞いてくる刹那に、男は若干不思議そうに眉を寄せながらも肯定していた。
「知っている。私は司令部から独自行動の権限を与えられていたからな。アロウズの背後に彼らがいたことも勿論知っているさ。それゆえ、アロウズを撃ったという行為が許せんが……」
「知っていながら、何もしなかったのか!?」
 司令部の近くにいながらどうして、という気持ちが刹那を苛立たせる。
 たとえアロウズが彼らの傀儡であったとしても、《イノベイター》の支配のままに力を振るってきたのは彼らだ。アザディスタンを焼き、カタロンの基地を殲滅し、スィール王国をまるまる滅ぼした。アフリカタワーの崩壊も彼らの仕業である。
 男は刹那の苛立ちを真正面から受け止めつつも、その表情は厭世的でしかも薄っすらと微笑みさえ浮かべていた。
「興味がないからだよ。世界統一にも恒久和平にも、私は賛同できないし、どうでもいいことだ」
「──っ、貴様だってその世界の一部だろうに!」
「君が言ったんだ。私は歪んでいると。だから君の言う世界からは外れた存在なのさ、きっと」
「屁理屈を言うな!」
「君がそうしたんだ、と言った!」
 しん、と静寂が降りる。だがそれは嵐の前ぶれ、一触即発の危機というピリピリとした静けさだった。
 互いの視線が絡み合う。行動を起こしたのはどちらが先だったか、それともほぼ同時くらいだっただろうか。二人そろって短く息をついた後で、ついと視線を逸らしあった。
 違う。喧嘩をしにきたんじゃない。刹那は目を閉じて冷静になろうと努める。
 わかりあうために話をするのだ。こちらの意見を聞き入れてもらえるよう、対話する努力をやめてはいけない。頭ではわかっているのに、現実は理解しあうことの難しさを痛感するばかりだった。
 刹那は話を続ける。
「……俺たちは《イノベイター》を倒した」
 視線を逸らしていた男が、再び刹那をじっと見据えてくる。
「奴らを倒し、人類を《イノベイター》による支配から解放した。世界はまた変わる」
 男は何かを考えるように唇を引き結び、組んだ指の上に顎を乗せている。やがて呟かれた言葉は、しかし刹那の望むものではなかった。
「……私にはどうでもいいことだよ」
「貴様……」
 困窮、という言葉の意味を、刹那は味わっていた。どうして理解しようとしないのか、こちらがじれったさを覚えるほど彼は頑なである。
「世界の何が変わるのかなんて、私にはわからんさ。ただ一つわかっているのは、《イノベイター》が斃れたことで、一人の人間が確実に命を落とすということだけだ」
「それは誰のことだ?」
「君が気に留める必要のない話だよ。私の悲しみがまた一つ増えるだけで」
 片膝を抱え込むように顔の前まで近づけて、男は少し俯いた。瞳を伏せる睫毛が微かに震えている。
 具体的な名は明かさなかったが、その人物は彼とも係わりあいが深かったのだろう。
 ──悲しみが増える。
 その言葉は、刹那の心に一つの楔を打ち込んだ。


 仲間の命は奪わせないという強い意志で、〈オーライザー〉の粒子がヴェーダのある本拠地を包み込んだ。《イノベイター》たちは刹那のことを《純粋種》と呼んだけれど、その本当に意味するところを知っているわけではない。ただこの能力があったお陰で、わかりあうことのできた人々がいたのは事実だった。
 何もできなかった子供時代に、刹那は一つの救いを見出した。ガンダムという絶対的な力をもった存在に、現実の神を見たのだ。そしてそのガンダムは、刹那の意志と共に人々を救った。
 変革する力は相互理解を生んで、人類を憎しみと争いの連鎖から断ち切ることができる。
 刹那の出した結論は、しかしまだ完璧とは言いがたかった。

作品名:永遠と麦の穂 作家名:ハルコ