二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

永遠と麦の穂

INDEX|4ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 目の前で俯く男からは、救いの文字が見出せない。むしろ生きていることを悔やんでいるかのようだった。いや、彼は現実に後悔しているのだ。刹那に向かって止めを刺すよう強請した姿はどこか狂気じみていた。
 取り憑かれている、と言ってもよかったかもしれない。
 何故そこまでガンダムとの勝負にこだわるようになったのか、刹那はそんなことまで知らないけれど、男はソレスタルビーイングの武力介入をその理由にあげていた。
 だから刹那は男の望みを聞き入れたのだ。死に場所しか求めていないような彼に、生きて未来をつかめという刹那自身の希望も告げて。
「戦い続けることは、失い続けることと同じだ」
 金色の頭が弾かれたように持ち上がり、キッときつい視線でもって刹那を射抜いた。
「君がそれを言うのか! 君が、ガンダムが!」
 弾劾するかのような眼差しは、かつて何度も刹那に向けられたものと同じである。ソレスタルビーイングの武力介入による負債は、《イノベイター》を倒したところですぐに回復するものではない。
「失わせたのは君じゃないか。空も、仲間も、恩師も……。みんな私から取り上げておいて、君と戦うことすら奪うと言うのか」
「勝負の決着ならもうついている」
「ああ、そうだとも! 私は負けたとも! だから……、だからあのまま死なせてくれれば──」
「俺は貴様の望みには応えない!」
 いくらか強い口調で刹那は男の言葉を遮った。ハッとしたように瞳を瞬いた彼は、それで気が削がれたのか、「はぁ」と大きな溜息をついて肩を落としていた。
「……なんなんだ、君は。何故そこまで私の生死に干渉してくるのだ?」
 疲れきったような問いかけに、刹那はどう答えたらいいのか悩んだ。それは珍しい行為であったが、目の前の男はそんなことも知らないだろう。
 そこまで考えて、自分たちは本当に互いのことを何も知らないのだと気づいた。アザディスタンでほんの少しだけ会話を交わし、国連軍との戦いの後でも同じく少しだけ話をした。けれどそれは会話と呼べるものではなかったかもしれない。
『君がそうしたのだ、ガンダムという存在が!』
『だから私は君を倒す! 世界などどうでもいい、己の意志で!』
 刹那は彼の血を吐くような叫びに対して、ただ一言の『歪み』だと切り捨てた。世界に争いを生み出す存在でしかないと排除したのだ。どうしてあんなことができたのだろう。今になって悔やむことばかりが増えていく。
 それでも昔は後悔なんてしなかった。それが正しいと信じていた。武力介入の暁には、刹那の夢見る世界が広がっていくのだと、頑なに思い込んでいたのだ。
 ぐっと、拳に力を込める。今もその結論に変わりはない。ただ、自らを振り返るだけの余裕はできた。だから、彼にかけられる言葉だってあるはずだ。
「死の先に神はいない」
「……なに?」
「生きる先にこそ神は存在し、そこには未来や希望があるんだ。貴様を生かすと決めたことを、俺に後悔させないでくれ」
 勝手きわまりない言い分に、男は呆れたような表情で刹那を見上げてくる。
「それは君の自己満足だろう?」
「そうかもしれない。ガンダムは破壊の神じゃないと、俺自身がそう思いたいんだ」
 矛盾を抱え込んでも、武力をかざして平和を願う。ソレスタルビーイングという存在が刹那を救ったのだから、これからもその理念に従い生きていく。ガンダムと共に。
「ああ、まさしく破壊の神だったな。何もかも壊していった」
「それは過去だ。未来はどうにでも変えていける」
「未来など……欲しくない。何もかもが変わってしまった未来など一つも優しくない。また戦いが始まるだけさ」
「戦えばいいじゃないか。望む未来をつかむために」
 刹那の台詞に、男は笑いたいような、泣き出したいような、曖昧な表情を作った。
「君は簡単に言うがね……。死に物狂いの努力を一瞬で壊されたときの気持ちなんてわからないだろう? この掌の上に何があるように見える?」
 左手首を折り曲げ、男は掌を上にした状態で、刹那の前に差し出してくる。
 何があるのかと問われても、そこには何も乗ってなどいなかった。刹那は困惑しながらも正直にそれを述べた。
「何もないように見えるが」
「そうさ。何もないのさ、私が持っているものなど今は一つもない。何もないところから確かなものを造り上げるまでには、膨大なエネルギーが必要なのだよ。糧となるような」
 刹那は黙って耳を傾けている。
「造り上げる何かを、今は特別欲しいとは思わない。戦って勝ち取ったもののすべてが灰になってしまったのに、どうしてまた『戦え』なんて残酷なことが言えるんだ?」
 何かを言うべきなのか、刹那は口を開こうとして止める。今は逆効果しか与えないような気がした。灰にしてしまったのは、ソレスタルビーイングの武力介入なのだろう。ならば、何も言うべきではないと思った。
「ガンダムと出会えた君にはわかるまい」
「──何を?」
「神の奇跡を見たかどうかだよ」
 膝小僧を抱えなおして、男はまた顔を埋める。金色の揺らめきがふわりと中空にも舞った。
「友も恩師もフラッグも空も居場所も。みんな私自身の手でつかんだものだ。神が与えてくれたものじゃない。私の力で勝ち取ったものだった」
 それらをすべてガンダムに奪われたのか。刹那は男がどうしてそこまでガンダムにこだわったのか、その理由がハッキリとわかった気がした。
「神は不平等だなぁ、少年」
「……知っている」
「フフッ」
 膝に顔を埋めながら、男はくぐもった笑い声をあげる。
「私は、そんなに簡単に割り切ることなんかできない」
「わかった。今はそれでいい。ただ死ぬな。自殺なんかされたら寝覚めが悪い」
 それだけは刹那の本心だった。生かした相手に死なれることほど、後味の悪いものはないだろう。例えそれがガンダムのせいだったとしても、刹那は『生きろ』と言い続けることが彼との戦いとなる。
 男は意表を突かれたように──本当に無防備な様子で──顔を上げて刹那を見つめていた。その頼りなげな姿にこちらのほうが戸惑ってしまう。
「なんだ?」
 耐え切れなくなった刹那が促すと、男も我に帰ったように瞬きを数回繰り返していた。
「──いや、君は正直だな」
 小さく息を吐き出しながら微かに笑う。やや自嘲とも言える笑い方だった。
「私は、まだ歪んでいるだろうか?」
「今はそう思わない」
 刹那は緩く首を振りながら答えた。話を聞いたことで彼の行動理由にも納得がいったからだ。
 もちろんすべてが解決しているわけではないが、何も知らないよりは知っているほうが、コミュニケーションの苦手な刹那には尚のこと有効である。
「そうか」
 中空を見つめながら彼は言った。
 少しだけ吹っ切れたような、そんな呟き方だった。

作品名:永遠と麦の穂 作家名:ハルコ