永遠と麦の穂
矛盾を抱えるもの
トレミー内は事後処理に追われて、バタバタと慌しい。《イノベイター》との戦闘は終わったが、レーダー索敵にデータのバックアップ、新しいプログラムの作成やインストール、そしてカタロンや反連邦を打ち立てた勢力との話し合い等、やることは尽きない。
特にスメラギはトレミーの代表として、あちらこちらから指示や応対を求められ、目が回るような忙しさを味わっていた。
だからすっかり忘れていたのだ。引き取りを要請された捕虜の存在を。
けれどその捕虜はすでに刹那が引き取りにきたと思われていたので、基地からトレミー内へ連絡が行くこともなく、また当の刹那がどこで何をしているのか、クルーの中で知るものもいなかった。
こうして宇宙の孤島となった室内では、相変わらず弾んでいるとは言いがたい会話が繰り返されていた。
「ならば、今はもう君の戦いとやらも終わり、母艦ともどもこの基地で修理を受けている最中というわけか」
「そうだ。貴様はずっとこの基地にいたのか?」
刹那の問いに、男は肩を竦めてみせた。
「君が〈スサノオ〉を動けなくしたんじゃないか。動けないモビルスーツなんて、戦場では障害物と同じだ。ひどい屈辱だった」
「貴様に動かれると、任務遂行の邪魔になるからな」
ピシッと、目に見えないどこかに亀裂が入ったような気がしたが、刹那は構わなかった。わかりあう必要はあっても、仲良くなる必要はないからだ。
「……そっちが君の本音だったのか」
「……半々くらいだ」
振り返ってみれば、本当に邪魔ばかりしてくる相手だった。なまじ強い相手なだけに刹那も手を抜けないし、無視をしたくても向こうから斬りかかられては、相手をしないわけにもいかない。
「君の事情になんて、私が構うはずないだろう」
「そうだな」
敵対しているのにそれは可笑しな話だと、刹那も思った。けれど、止めを刺せるはずの状況で剣を収めた彼の行動は、言葉に反しているとも言えた。
「本当にガンダムと戦いたいだけだったんだな」
それも全力で、かつ一対一の状況で。決着をつけたあの戦いにしたって、倒すだけなら刹那がいない状態で〈オーライザー〉を斬ってしまえばよかったのだ。
わざわざ帰還を待ってから改めて決闘の申込をしてくるあたり、少々理解しがたい思考の持ち主だけど、彼のフェアな人間性は決して嫌いではなかった。
「言っただろう、それがすべてだったと」
世界も戦争根絶も恒久和平も投げ打って、ガンダムだけを見つめ続けてきた男の中にあるものは。
『この掌の上に何があるように見える?』
「無」だった。
「まだ、ガンダムと戦いたいか?」
「……さぁな」
はっきりしない返答である。彼の生きる目的がガンダムでしかないのなら、再び立ち塞がってもいいかと刹那の心が軟化し始めたのだが、当の本人の意思のほうが不確定だった。
今はまだ何も考えられないのかもしれない。
戦うことも生きることも、そのどちらも彼には苦行でしかなくて、分岐点の前で思い悩んでいるといったところだろうか。
「ガンダムだけだ。ガンダムだけが私をこの世に繋ぎとめる存在だった」
「……なに?」
「私の心などすでに、四年前に涅槃へと旅立っていたのだよ。君を倒して仇を討って、そのまま死ぬはずだったのに生き残ってしまった」
虚無の心を抱えたまま何を理由に生きていけばいいのか。男のたどりついた結論は『ガンダムと戦うこと』だった。
「他に目的もない以上、現れるかどうかもわからん君達を待ち続ける日々は苦しかったぞ。それでも私を繋ぎとめたのは君の言葉だった」
「俺の?」
刹那は思いもよらない告白に驚いた。
「君が私を歪みだと言った、その言葉だ。私は私が歪んでいるのかどうか見極めたかった。戦い続ける道を行く君と剣を交えることで、その答えもでるだろうと考えたのだ」
「それが勝利へのこだわり、か」
ところが刹那の道は違えてしまった。
「君と戦い勝利することで、私は本当に思い残すことなく旅立てたのに。しかも君は、敗者である私に引導すら渡してくれなかったのだから」
この場所に踏み留まるしかなかった、ということだった。
つまり彼は四年前から延々と、納得のいく死地への旅路を探し続けていたのだ。なんて馬鹿なことを、とは言えない。それは四年前までの刹那と同じだからだ。
戦争根絶という目的のために戦い続け、その願いが叶えばいつ死んでも構わなかった。
そのためだけに生きていたのだ。それは目の前の男と何も変わらない。
刹那が考えを変えられたのは仲間の存在があったからだ。トレミーのクルー。協力してくれるソレスタルビーイングの技術者たち。そしてマリナ・イスマイール。
彼らの存在が、刹那を生きる道へと導いてくれた。共に未来をつかもうと手を差し伸べあえる関係でいられること、それは心強いバックボーンでもあるのだ。
翻って男はどうかといえば、それまで支えとなっていた存在をガンダムに奪われ、今は本当に一人きりの状態なのだろう。ガンダムと戦うことだけを糧に生きて、死に場所を探し求めていた。
望むことはなく、欲しいものもない。そして先ほど彼が言ったように、近いうちにまた一人、彼の知人が死んでいくのだ。
希望は生まれず、悲しみだけが増えていく。そんな人生は──。
ダメだ、と刹那は思った。
「グラハム・エーカー」
金色の髪を揺らして、男が驚いたように刹那を見上げる。
「──覚えていたとは、光栄の至り……」
「虚勢を張るな」
「なっ」
おどけたような振る舞いをしようとしたグラハムの動きを言葉で制する。言い当てられて悔しそうな彼の眉間に皺が寄り、唇がきつく引き結ばれた。
それでいい。仮面もメッキも剥がれ落ちて現れた、彼の素顔を知っておきたい。それをしておかないと、刹那はまた間違えてしまうのだ。
死ぬことに希望を見出している、そんな悲しい人生を歩ませたのが自分たちであることを忘れてはいけない。
ガンダムは刹那を救ったけれど、グラハムにとっては一つも救いにはならなかった。でもガンダムの存在が、グラハム・エーカーを生かし続けたのも確かだった。
不謹慎かもしれない。だが、その事実は刹那を嬉しくさせるものであった。
目的や過程がなんであれ、結果として『生きる』という選択肢を与えたのだから、ガンダムは救いでもあったのだ。
(ガンダムは破壊するだけじゃない)
世界だって未来だって希望だって、きっと造り上げていくことができる。わかりあえば、その先に繋がるものが──。
グラハム・エーカーとの間にも生まれていくに違いない。
「俺が存在する限りガンダムも存在し続ける」
「……それが?」
いったい何をと、怪訝そうなオリーブの水晶が刹那をじっと見つめてくる。
「もしまた戦いたくなったら、そのときは貴様の挑戦を受けて立つ。俺は逃げも隠れもしない。真剣勝負をしよう」
「──な、んだと?」
「貴様が戦う以外の道を見つけたときも俺のところへ来てくれ。どんな結論を出したのか気になる。聞かせて欲しい」