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永遠と麦の穂

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 だから未来を見つめてほしい。世界と自分へも。
 グラハムはただ真っ直ぐ、刹那に視線を合わせていた。彼の大きな瞳はときに無防備なくらい、他の何をも映さなくなる。
「……そうだな、すまなかった。だが正式な裁判による判決なら、私にはどうすることもできんよ」
「そうか……」
 トレミーは修理を終えたら地球に降りる。沙慈やルイスといった、もともとソレスタルビーイングとは関係ない人々を元の世界へ帰すのだ。捕虜であるグラハムは当然、連邦へと引き渡すことになる。
 司令部に近い存在だったと本人が言うのなら、背負わされる罪も罰も当然大きくなるはずで、もしかしたら、もしかする場合もあるのだろうか。
「……死ぬ、ことも?」
「さぁ? それこそ神のご加護でもあれば、助かると言えるのだろうけど」
「神の」
 ここで、刹那の中にある考えが浮かんでいた。
 アロウズが裁かれることは、新しい歴史の始まりには欠かせない一種の儀式だ。見せしめとしての『死』が、世界に一つの終焉を告げる。
 だからそれが必要なものだということは、もちろん刹那にもわかっている。けれど、その罰を受ける人物が彼である必要はないだろうと、ものすごく勝手にそう思ったのだ。
 そもそもソレスタルビーイングは、世界の枠組みには属さない私設武装組織。刹那の行動は刹那にだけ返ってくる。
 頭の中で、目まぐるしく様々な事柄が整理されていった。
 生きてくれと願った存在が、世界の礎として犠牲になる。四年前までの刹那だったら気にも留めなかったこと。『世界のため』なら当然でしかなかったこと。
(──それは、ダメだ)
 死に場所しか求めていない男に、それを簡単に提供することを許してはいけない。
 それに同じアロウズのルイスを救えるのなら、彼のことだって──。
「少年? どうした? ……なんだか、黙り込んでしまって少し不気味だぞ?」
 グラハムが言葉どおり伺うような仕草をしながら聞いてくる。刹那は気づかなかったが、それは彼が見せた初めての気遣いでもあった。
「グラハム・エーカー」
「……なんだ?」
 軽く首をかしげながら、グラハムが応えを返す。
「俺は貴様を生かすと決めた」
「──まぁ、そう聞いてあるが」
 少しだけ可笑しそうに笑って、彼は肩を揺らした。
「だから世界の犠牲になんかさせない」
「──っ!」
 今度は本当に驚いたように息を飲んで、刹那を凝視してくる。その表情が徐々にこわばっていった。
「君は何を言って──」
「ソレスタルビーイングは世界から除外されるもの。ならば俺の好きにさせてもらう」
 まだ驚きから回復していないグラハムへ、刹那は自らの意志をキッパリと告げておいた。固まったままだった彼の身体と表情が、ゆっくりと弛緩していく。
「……君の言っていることとやっていることは、矛盾だらけだぞ?」
 はぁ、と溜息をつきながら左手を額に当てて、グラハムは呆れたような口ぶりで言う。
「知っている」
 罪がまた一つ増えるくらい今更だ。それに武力を振るって命を奪うのとは違い、彼を生かすための罪ならば、刹那の胸もそれほど痛まなかった。
 グラハムは少し考え込むように下を向いた後で顔を上げ、厳しい顔つきのまま言った。
「……私は、ありがとうなどとは言わんぞ。君が勝手にやることだ」
「わかっている。俺は別に礼が欲しいわけじゃない」
 先ほど彼が指摘したとおり、これは刹那の自己満足だ。生かすと決めた男を死なせないため、ガンダムが破壊の神ではないことを証明するために。
 理由はそれだけだと思いながらも、何故だか心の奥のほうがギュッと鷲掴みされるような感覚も覚えて、刹那は少し眉を顰めた。
「少年。一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
 グラハムからの初めての質問に、刹那は身構えた。その様子が可笑しかったのか、彼はいくらか柔らかいと思える微笑をたたえていた。
「いや、君の名前を教えてもらえないかと思っただけだよ」
「名前……」
「いつまでも『少年』と呼ぶのもなぁ。君が構わないなら別に──」
「刹那だ。刹那・F・セイエイ」
 グラハムの台詞を途中で遮って、刹那は自分のコードネームを告げた。今では本名よりも通りのいいこの名前にも、同じくらいの愛着が生まれている。
「せつな」
 一字一句確かめるように発音して、グラハムは刹那の名前を呼んだ。
「刹那、それは君の本名か?」
「──何故、それを聞く?」
「言いえて妙なような、それでいて皮肉にも感じる名前だなと思ったからだ」
「どういう意味だ?」
 刹那は彼の言葉の真意を求めて、聞き返していた。グラハムは軽く肩を竦め髪も揺らし、いかにも欧米人っぽい仕草で両手を広げている。
「永劫の中の一瞬が刹那だよ。君は『戦争根絶』という不変性を求めそのために生きている。まさに刹那的な生き方だ」
「それが俺の目指すところだ」
 皮肉だなんて思われる筋合いはないと、刹那は少しムッとして口調がとがったものになる。生き方を否定された気分だった。
「立派な生き方だよ。そこは本当にそう思っているさ。でも刹那。それでは君自身の永遠はどこにあるのかな?」
「俺の、永遠──? そんなものは必要ない」
 戦争根絶を抱えてガンダムと生きる。刹那の血にまみれた手でつかんでいいものなんて、永遠とは正反対の意味を持つものだけでじゅうぶんなのだ。
「刹那……」
 少し表情を曇らせたグラハムは、名前を呟いただけで後の言葉は発しなかった。
作品名:永遠と麦の穂 作家名:ハルコ