深い森の中の恋物語
あるとき、雇い主の農家の子供が行方不明になった。子供同士が小さな泉で遊んでいた折のことで、近くの森に迷い込んだのかもしれないということだった。森の中には沼もある。子供がはまってしまったら助からない。大人達が森へ捜索に入りもちろんアデルも必死に探した。
出せるだけの声を出して子供の名を呼ぶ。方々から同様の声が聞こえていた。だが子供の姿を見漏らすまいとするうちに、森が深くなろうというところまで来てしまっていた。
辺りをぐるりと見回す。誰の姿も見えず、声も聞こえない。聞こえるのは風に吹かれて木々の葉がこすれ合う音。鳥の声。——どうしよう。アデルは額や首筋を伝う汗を拭った。
ここまでくると野犬やモンスターも出てくる。もしもに備え、武器になる木の枝が落ちていないか、地面に目を配ったそのとき、視線の先の茂みがかすかに動いた。
——うそ、もう出たの!?
半泣きでも茂みから目をそらさずに、すくむ足をなんとか後退らせた。心臓の鼓動ばかりが耳に響き、玉となった汗が数粒額や頬を伝う。茂みはより動きを激しくし、中から何者かが現れ、——ああ! おしまいだ! と固く目を瞑り両腕で防御の構えをとったが、聞こえてきたのは「アデル? アデルなの?」という幼い声だった。
ゆっくり目を開けると、下着しかつけていない小さな男の子がいた。まさしくこの子が探していた子だ。アデルは安堵で深いため息とともにへなへなと地面に座り込んだ。男の子はアデルに駆け寄って抱きつき、迎えにきてくれたものと喜んでいる。
「もう! 心配したのよ。みんなも探しているから、帰りましょう」抱き返しながら窘めるアデルに、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべて「はーい」と素直に応えた。
だが、帰り道がどうにも覚束なかった。太陽の向きを見ようとも丁度曇天が隠してしまい方角がわからない。「困ったなぁ……」長らく庶民の中に暮らし貴族の子女らしい言葉遣いは薄れていた。裸の子供に自分の前掛けエプロンを羽織らせる。しゃがみ込んで子供と目線を合わせ、元気づけるように微笑む。暢気に笑っていた子供には必要ないのだが、ほぼ自分を奮い立たせるためにしたようなものだ。
出せるだけの声を出して子供の名を呼ぶ。方々から同様の声が聞こえていた。だが子供の姿を見漏らすまいとするうちに、森が深くなろうというところまで来てしまっていた。
辺りをぐるりと見回す。誰の姿も見えず、声も聞こえない。聞こえるのは風に吹かれて木々の葉がこすれ合う音。鳥の声。——どうしよう。アデルは額や首筋を伝う汗を拭った。
ここまでくると野犬やモンスターも出てくる。もしもに備え、武器になる木の枝が落ちていないか、地面に目を配ったそのとき、視線の先の茂みがかすかに動いた。
——うそ、もう出たの!?
半泣きでも茂みから目をそらさずに、すくむ足をなんとか後退らせた。心臓の鼓動ばかりが耳に響き、玉となった汗が数粒額や頬を伝う。茂みはより動きを激しくし、中から何者かが現れ、——ああ! おしまいだ! と固く目を瞑り両腕で防御の構えをとったが、聞こえてきたのは「アデル? アデルなの?」という幼い声だった。
ゆっくり目を開けると、下着しかつけていない小さな男の子がいた。まさしくこの子が探していた子だ。アデルは安堵で深いため息とともにへなへなと地面に座り込んだ。男の子はアデルに駆け寄って抱きつき、迎えにきてくれたものと喜んでいる。
「もう! 心配したのよ。みんなも探しているから、帰りましょう」抱き返しながら窘めるアデルに、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべて「はーい」と素直に応えた。
だが、帰り道がどうにも覚束なかった。太陽の向きを見ようとも丁度曇天が隠してしまい方角がわからない。「困ったなぁ……」長らく庶民の中に暮らし貴族の子女らしい言葉遣いは薄れていた。裸の子供に自分の前掛けエプロンを羽織らせる。しゃがみ込んで子供と目線を合わせ、元気づけるように微笑む。暢気に笑っていた子供には必要ないのだが、ほぼ自分を奮い立たせるためにしたようなものだ。