たとえばこんな間桐の話の蛇足の話(前)
……私達が家族になって。
それから、色々あった。
駄犬が増えたり、蟲爺が哀れな弄られ爺に成り下がったり。
知り合いや友達が増えて、姉さんやお母さんとも普通に会って、笑い合える様になって。
楽しくて。幸せで。平和な日常を堪能して。人生を謳歌して。
そして。
私は。
「くうぅっ……!!何たる不覚……っ!!」
眦に涙を光らせ、拳を握り締め、桜がそんな台詞を吐いた。
テーブルの上で握り拳がぷるぷると震えている。
その様子を眺めながら、慎二が溜息を吐く。
「女はどーして体重なんてもんをそんなに気にするんだろーなぁ……。成長期だろ、単に」
「兄さんは乙女心を理解しようとして下さいっ!!」
乙女には死活問題なんですっ!!と兄の言葉に噛み付く桜。
慎二はええー、とやる気なさげな声を上げながら、
「でも無理なダイエットとかすると、士郎が説教かましてくるぞ」
「あぁん先輩も乙女心わかってないっ!!」
「何を今更」
あいつの思考回路は主夫だろうよ、と慎二。
周りには結構女子がいるくせに、メシマズな義母とジャンクフードばっかりな養父とエンゲル係数上げまくりな居候騎士と料理とか覚える気の無い見た目幼女な姉の所為で主夫スキルばかりが鍛え上げられた親友を思い出しながら。
「大体胸から痩せるって言うぞ。やめとけやめとけ」
「兄さんのデリカシーが皆無!!そんなんだから彼女できないんですよお兄ちゃんのばかー!!」
「お前はちょくちょく呼び方が昔に戻るなぁ……」
ぶうぶう言う桜の台詞にしみじみと慎二。
兄さん呼びは中学に上がった時からのものだが、未だに感情が昂ると昔の幼い物言いになるのが常だった。
「兄さんはスルースキルばかりが上がってますよね……」
恨みがましく睨んでくる妹から目を逸らし、知らん知らん、とすっとぼける兄。
彼女云々は本気でどうでもいいのでガチでスルーである。
それは桜も承知しているので、溜息一つに止めておいて。
「……ていうか、おじさんの好みってどんなんだかイマイチわかってないんですけど胸はやっぱりあった方が良いんでしょうか!?」
「義妹に胸の話題を振られた!!何この羞恥プレイ!!……マジレスすると本人に聞け。そして押し倒せ」
「押し倒す程の度胸があったらもういくとこまでいってますよ畜生!!」
口惜しいとばかりにだんっ、とテーブルを叩きつつ桜。
僕の妹は肝心な所で結構ヘタレだよなぁ、と生温い目で嘆く妹を眺めつつ。
「まぁ、取り敢えず胸押し付けて誘ってみれば?」
慎二の軽い口調で放たれた台詞に、桜が俯き、そのまま沈黙した。
その様子に首を傾げる慎二に、桜が低い声で呟く。何度もしました、と。
そして。
「……それでも、おじさんは手を出してくれません……」
ぼそりと呟いた桜のその言葉に、慎二は視線を妹から外し、遠い目をしながら。
「成人するまで本番は無しって言ってたからなぁ……」
「うわぁぁんっ、おじさんの意気地無しっ!!」
「そういう問題じゃないと思うけどなー」
雁夜本人が言っていた事である。桜を溺愛しているあの叔父の事だ。桜の身を案じての事だろう。……が。
「私はもう結婚出来る歳なんですよっ!!」
「だから籍は入れたじゃないか。式は高校卒業してからだけど」
「夫婦間の身体の繋がりは普通ですよねっ!?寧ろ必須の筈ですよね!?」
「やめてやめて家族のそんな生々しい話聞きたくない聞きたくない」
両耳を両手で塞ぎ、ふるふると頭を振りながら慎二。
家族としては当然の反応の筈だが、桜はぷう、と膨れた。
「お父さんもこういう話しようとすると逃げるしっ!!お母さんは乗りまくってこっちが引いちゃうし!!姉さんはこういう話に免疫なさすぎるしっ!!おじさんは私の身体に興味無いんですか畜生!!」
「これはひどい。……つーか、お前はおじさん呼びをどうにかしろ」
「うっ……。だって、ずっとこの呼び方だったから慣れなくて……。か、雁夜さんは、どっちでもいいって言ってくれますし……」
「よし名前呼びで夜這いだ」
「そんな短絡的なっ!?」
真顔でサムズアップしつつの慎二の発言に、思わず声を上げる桜。
父と兄、そして雁夜の手によって蟲姦による処女喪失は免れた身である。
一応純潔を捧げるという行為は神聖なものだと思っているし、望まれて捧げたいとも思っている。
だから、不安でもあるのだ。
籍は入れてくれたが、雁夜にとっての自分は、やっぱり昔の子供のままの庇護対象で。
自分の為に生きると言ってくれた約束を律儀に守って、その為に自分に全てをくれているだけなのではないのかと。
「……私は、雁夜さんが好きです。愛してます。……雁夜さんは、どうなのか……よく、わかりません」
俯いて、しゅん、としながらそう言う妹に、慎二は苦笑する。
確かにあの叔父は、ちゃんとは言っていないのだろう。
自分でも、人をちゃんと好きになった事ってあったかなぁ、なんて言っていた位だ。
葵さんの事だって、淡い憧れとか、その辺で止まった感情らしく。
自分で認識していないのなら、桜の望む言葉を紡げないのも仕方ないのかもしれない。
だが、籍まで入れたのだ。桜へ向ける愛情に嘘は無いだろうし、あとは切っ掛け一つなのだろう。
うん、流石にもう自覚はあると思うんだ。ただ、やっぱりどこかで後ろめたい気持ちとか罪悪感とかがあるだけで。
そう結論を出しながら、一人頷いて。
「ほんと、間桐の当主になったっていうのに、未だに変に常識とか良識とか持ってて困るよなー、おじさんは」
なぁ、と、慎二は桜の後ろに立つ人物へと声を掛ける。
「………慎二君は、厳しいなぁ」
困った様に、それでも優しく穏やかに返る声に、桜が硬直した。
あぁ、振り向けばいいのに。
そう思う慎二は、苦笑しながら。
硬直する桜の後ろ。困った様に、しかし優しい微笑を浮かべる雁夜が、耳まで真っ赤にしているその姿を眺めていた。
因みに。
「……私の娘と弟マジ天使!!」
「今度家に二人っきりにしてみましょうか」
「……もーええわい、好きにせえ」
その更に後ろに父と駄犬と蟲爺が居た事には、兄妹共にスルーだった。
兄と父と駄犬が蟲爺を摘んで退室し、部屋には二人。
顔を真っ赤にした桜と、微かに頬を染める雁夜は、向かい合っている。
テーブルを挟む訳でも無く、両者共に正座して。
俯いたままの桜に、雁夜は苦笑して、すう、と息を吸ってから。
静かに、口を開いた。
「………桜」
「えっ、あっ、はいっ!?」
呼び捨てにされた事は今までに数える程も無い。
雁夜のその呼び掛けに驚き、慌てながらも顔を上げて。
「好きだよ。愛してる」
「………っ」
囁く様に言われた言葉に、喉が詰まる。
嬉しいのと、幸せなのと。少しだけ混じる疑念と、それを無理に言わせてしまったという申し訳なさ。
己の想いが溢れそうになるのを堪えながら、きゅう、と唇を噛んで、雁夜の顔を見詰める。
その泣きそうな顔に雁夜が困った様に微笑う。
ああ、困った顔をさせてしまった、と桜は眉尻を下げ、益々泣きそうになる。が、
作品名:たとえばこんな間桐の話の蛇足の話(前) 作家名:柳野 雫