たとえばこんな間桐の話の蛇足の話(前)
吹っ切れたのがもっと早かったのなら。
弟は、もっと早くに笑っていてくれたのだろうかと考える。
冷静になってしまえば、そんなもの意味の無い仮定でしかないという、身も蓋も無い答えしか出ない。
前提として、吹っ切れる訳が無かった。その随分と前に、私の心は既に折れていたのだから。
あいつもその場に居たが、あいつは覚えていない事がある。
幼すぎた所為か、壊れない為の防衛本能のなせる業か。
私達の両親が、私達の目の前で、蟲共に喰われていく様を。
……弟は、幸いにも覚えていなかった。知識として後に知る事にはなったけれど、あの光景を覚えていなかったのは幸運としか言いようが無い。
私はその光景に、そして自身が蟲蔵へ沈む恐怖に、あの間桐を支配する化け物に怯え暮らす無力なモノと成り果てたが。
弟は、雁夜は、違った。
蟲蔵に入れられても、あいつは爺を恐れなかった。心の底では恐怖を抱いていたのだろうが、それでも反抗し、反発し続けていた。
その頃の私には理解出来なかったし、現実ごと弟のその姿から目を逸らしていたから、私は何を思う事も無く、ただ生きていた。
……仲が悪かった訳では無かったと思う。蟲蔵に入れられたのは共通していたし、たった二人の兄弟で。
家族愛なんてものがあったとは思えないが、仲間意識はあったと思う。あの家で、近しい人間は私達二人しかいなかったのだから。
けれど、私は諦めた人間だった。何もかもを諦めて、でもやり切れなくて、現実から逃げて。
折れて役に立たなくなった癖に、いつまでも痛みばかりをもたらす己の心を誤魔化す様に、酒に溺れる様な人間だ。
悟り切って、笑っていられる程強くも無かったし、雁夜の様にあの爺に立ち向かう強さを持たない人間だった。
虚勢だろうが意地だろうが、あの爺に真っ向から睨み付ける事の出来る弟を、私は嫌いでは無かったけれど。
その流れで、雁夜は間桐を捨てる事を選んで。……私は、それを選べなかった。
実際問題として、兄弟の片方だけだったからあの爺も放っておいただけで、どちらも出奔するとなれば流石に止められていただろう。
間桐の血を残す為に。……その為だけに。私達のうち、どちらにも期待が出来なかったから、子供を生ませてその子に期待しようとしていただけなのだから。
とは言え、それらの事情は今考えて解る事だ。
重要なのは、その時の私が折れた心と諦めを抱き、雁夜を拒絶した事にある。
雁夜は、一人で家を出て行く事を良しとしなかった。
義務教育が終わったら直ぐにでも出て行くつもりだったろうに、私が首を縦に振らなかった為に、高校卒業まで粘っていた。
それでも駄目で。どうしても駄目で。
……結局、雁夜は独りで家を出て行った。
その時、私は。ああ、遂に捨てられたのか、と。
ただ諦めと共にそう思って、自分が散々拒絶した癖に、悲しくなったのを覚えている。
今あの時の弟の顔を思い出すと、自分を殴りたくなるけれど。
そしてその後の雁夜の無茶苦茶な自棄っぷりに基づく生き方を聞いた時なんて。その心情を聞いた時なんて、自分を殺したくもなったけれど。
あの時私が頷いていれば、きっと雁夜は笑ってくれたのだろう。
けれど、その先なんて無かった事も、今なら解る。
だから、今が。私達が生きてきたこの道筋、この時が、きっと最善だったのだ。
………そう思わなければ、やってられない。
吹っ切る事が出来たのが、息子が蟲蔵に入れられてやっとだなんて終わってる。
弟が出て行ってからは、更に死人の様になり、ただ息をしていただけで。
そんな私が必死になったのは、爺に宛がわれた妻を逃がした時。
息子は逃がせなかったけれど、それでも私は必死の思いだった。
結局、拍子抜けする位にあっさりと、それは許された。嫌味は言われたが、そんなものいつもの事だったし。
だから、息子も大丈夫なんじゃないかって。見逃されるんじゃないかって。
……そんな馬鹿な希望を持ってしまった。
結果があれだ。
蟲蔵行きを阻止出来ず、ただ一緒にあの地獄を共有しただけ。私がいてくれたから助かったとは言ってくれたが、息子は死に掛け、後の生を諦めてしまった。
今思えば、きっと私もどうでもよくなったのだ。
結局いつか殺される。その時が来れば何も出来ずに殺される。
弟の心を傷つけたまま、息子を守れないまま、意味も無く何も残せず蟲の餌。
自棄と呼んでもいいのだろう、その時の私のはっちゃけっぷりは。
それに息子も乗ってくれて、どんなに救われたか。息子が私の味方になってくれたから、私の自棄は居直りと開き直りになって、吹っ切れたと言えるものになったのだ。
毎日蟲にボロボロにされても、私は死ななかった。殺される事は無かった。
財政管理を任せている私をおいそれとは殺せず。私を殺せば息子も死ぬとか公言していたから、尚更に。
親子揃ってボロボロになって、でも、それでも、私達は笑えていた。どちらかが死ねば、それに続いて死ぬ気満々なのだから、爺も致命傷は与えられない。
互いに人質ではあったが、人質というものは、生きていないと意味が無いのだ。
蟲による乗っ取りも使えなかったのだから都合が良い。
蟲と相性の悪かった私達親子は、蟲が体内に入ると拒否反応で死ぬらしかったからだ。
死体を操るというのも爺は出来るのだろうが、面倒だったのか不都合があったのか、そこまで労力を使う必要も無いと判断したのかは定かではないが。
そのくせ蟲共の攻撃に対する耐久力やらは上がっていたのだから、糞蟲爺超ざまぁである。
もうその頃には楽しくなっていた。爺に反抗して、抵抗して、痛みなんて慣れればどうという事も無くて。
その頃だ。馬鹿な弟が、私と息子の話を聞いて、こんな忌まわしい家に戻ってきたのは。
……あれは楽しかった。痛快だった。同時にああ、やっぱりお前も間桐で、壊れてたんだな、と少し悲しくもなったけれど。
蟲爺のあれだけ焦った顔なんて初めて見た。爺に蟲を投げつける息子もいつになく楽しそうで、ほっこりした。大丈夫、状況がどうだろうが私の息子は天使だから!!……うん、私は正常だ。
そして、馬鹿で愛しい弟は、間桐の家に住む様になった。毎日の様に蟲爺とやり合いながら、私と息子と笑い合う。
本気で、純粋に楽しかったし、幸せだった。……今考えると色々と狂いすぎである。でも間桐であんなに楽しかった事なんて無かったから、仕方ない。
その内にどんだけ攻撃してもヘラヘラ笑う爺に雁夜が切れ。埒が明かねぇ!!とばかりに爺ぶち殺す方法見つけてくる!!と雁夜が家を出た訳だが……うん、私の娘もマジ天使!!
皆してズダボロになって、ボロ泣きして。そして最後に笑い合って。
あの日家族になった私達は、きっと。
こんな壊れて歪んで狂った間桐の中で、それでも幸せな家族だったと思うのだ。
そんな幸せ仲良し家族は、狂犬を加え、友人知人協力者に共犯者達を得て。
今も尚。
「兄上殿、やはり洋風と和風のお色直しは必須かと!!」
作品名:たとえばこんな間桐の話の蛇足の話(前) 作家名:柳野 雫