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たとえばこんな間桐の話の蛇足の話(前)

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 好きなものは、家族。それと、桜の作ったご飯と士郎の作ったご飯。
 小学生の時に何かの作文でそう書いた彼のそれは。
 今も尚、変わっていない。



 そんな事を今でも何の衒いも無く堂々と言えてしまう僕は、随分と頭がお花畑になったなぁ、と自分自身で呆れてしまう。
 けれど正直、戸惑っているのだ。
 ここまで生き永らえた事に。……それを助けてくれた人達に。
 僕はあの蟲蔵に入れられた時に、死ぬんだと思った。だけど生き延びて、でも先なんて無い事を知っていたから、後は余生だと割り切った。
 僕の為にあの地獄へ再び突っ込んだ父の為に、出来る限り生きてやろうとは思ったけれど。
 自棄になって、開き直って吹っ切って。
 相変わらず酒瓶片手に、それでも今まで見た事も無いくらいに楽しそうに、あの爺の形をした蟲に喧嘩を売りまくる父を見て。
 僕も何だか楽しくなって、嬉しくなって。
 どうせ間桐に生まれた奴なんて、その時点で詰んでいる。終わっている。そう理解していたからこそ、そんな親父についていった。
 蟲を手にして蟲爺に向かって投げつける。
 それが当然の日課になったのはいつだったか。
 最初は顔面にぶち当たって、呆然とした爺の間抜け面と爆笑する親父がいて、よし、これが僕の仕事だ!!と決めたのだ。
 まぁ、その後はあの蟲爺、避けるわ蟲出して対抗してくるわで大してぶち当てられなかったけど。
 それからの数年は、怒涛だった。
 色々と、徐々にではあったけれど、確実に変わっていく状況と家族達と自身の心情。
 まず、父とその息子である僕を心配して、間桐を捨てた筈の叔父が戻ってきた。
 僕が蟲蔵体験済みだという事を知って、叔父さんは泣いて、悲しんで、僕を抱き締めて。……謝ってくれた。
 叔父さんは別に何も悪くない。普通ならあんな家、捨てられるなら捨てるに決まっているのだから。
 責める気なんて無かったし、その時が初対面だった僕は、抱き締められた事に若干動揺していた。
 あの頃はあまり表情の変わらない子供だったらしいけど、後で聞いたらちょっとオロオロしていて可愛かったらしい。……親父の親馬鹿フィルター掛かってる目で見た親父からの見解だから信憑性は薄いけど。
 ともあれ、僕は確かに動揺してた。親父以外の誰かに抱き締められた記憶は、殆ど無かったから。
 それに加えて、相手は泣いて、謝って、頑張ったね、偉いね、生きててくれてありがとう、って。
 ……僕の為に泣いて、僕の事を思い遣って、僕の生を喜んでくれた。
 僕はよくわからないまま、つられる様にして、ちょっと泣いた。
 そして、空気を読まずに蟲爺の登場である。
 親父が邪魔すんなやぁ!!と爺に酒瓶を全力で投げつけた。叔父さんはその光景に信じられないものを見た様な顔をして固まった。
 父が、泣きそうな顔で語った事がある。
 あいつの様に、強くはなれなかったと。あいつに何もしてやれなかったと。あいつが居た時に、少しでも、爺に歯向かってやりたかったと。
 だから、その時には既に爺へ反抗しまくりだった親父の姿に、嘗ての何も出来なかった兄の姿が重ならなかったんだろう。
 物凄くぽかん、とした顔で、そんな光景を見続けていた。
 思わず笑ってしまったけれど、それはきっと仕方ない。
 その内に爺が調子に乗って蟲を繰り出してきやがったから、叔父さんも参戦した。
 多少どっかで魔術の修行をしたらしく、何だか色々やってて、更に手榴弾とか爆弾とか持ち出して、屋敷を爆破したりして。
 ……親父が家出て何やってたんだお前ー!?なんて叫んでた。
 同感だけど、僕はちょっと楽しかった。あの糞蟲爺に喧嘩を売る仲間が、味方が増えたのだから。
 屋根が吹っ飛んで、容赦無く降り注ぐ太陽光にほえあぁぁ!?なんて情けない悲鳴を上げる蟲爺も面白かった。ざまぁ。
 それにしても自分から蟲蔵に突っ込んで、蟲共を半分程であったと言ってもあの大元の蟲爺から主導権を奪い取ったのだから、本当に叔父さんは凄まじい。
 黒髪が見事に白髪に変わったのには驚いたけれど、叔父さんが気にしないので父も僕も気にする事はやめた。
 それから、僕達家族は三人になった。
 勿論爺の形した蟲は除外ですが何か。
 それから暫くして、切れた叔父さんがあの爺ぶち殺してやる!!とその方法を探す為に家を出て。
 妹が入れ替わる様に間桐に来た。
 爺は隠していた様だったが、らしくもなく焦りまくっていたので、隙をついて蟲蔵に爺を蹴り落として、妹を連れ出した。
 その時はいつも以上にボロボロになったけれど、最後には結局笑えたから、それでいい。……叔父さんの持ってきた魔術アイテムだかで怪我とかは多少治る様になってたし。
 そして、僕達の苦しみ足掻く姿が好きらしいあの蟲に、そんな姿を意地でも見せてやらない様に。
 増えた家族と笑っていれば、狂犬が増え、事態が変わって、知り合いが増えて、友人が出来て。
 まるで普通の家庭の様に、普通の家族の様に。
 愛し、愛され、平和に笑って、ふと気付く。
 ……さて、僕はこれからどう生きればいいんだろうか。


「あれ、今日は随分と豪華だなー、慎二」
 昼休み。天気が良いからと屋上に移動して弁当を広げると、士郎がそう言ってきた。
 確かにいつもより手が込んだ弁当の中身だ。いつもが手を抜いているという訳ではないが、一目でわかるその豪華さ。勿論桜作である。
「ん、ああ、まあな。弓道部の朝練、今日は無かったろ?あっても作るけど、時間がある分凝ったんだと。まーたダイエットしてるらしくて、やばい!!作りすぎた!!とかオロオロしながら親父とおじさんの昼食へとちゃっかり自分の分転用してた」
「おお……相変わらずだな」
 流石桜、と感心すると同時、女子はダイエット好きだなぁ、と呆れた様に士郎が言う。
 好きな訳じゃないと思うけどな。気にしすぎてんだろ、と軽く返せば、そうかー、と相槌が返ってくる。
 そして、藤ねえとアルねえは全然なのになー、と続いた。
 ……あの二人はそういうもんとは対極だろう。
 藤村先生とセイバー。士郎はアルトリアって本名からアルねえって呼んでるけど。
 士郎と近しい、家族の様な人達。
 藤ねえこと藤村先生は僕にとっては学校の一教師でしかないが、士郎にとっては昔から世話になっていた、姉の様な存在だ。
 いや、僕も昔から知ってはいるんだけど、藤ねえとか何か呼べないし。桜も懐いてるし、親しい事は親しいんだけどな。
 アルねえことセイバーは、うちの駄犬と同じく英霊の一人。受肉して、ずっとその姿のまま士郎の家に居候中。士郎を私の鞘とか言っていたけど、僕にはよくわからない。あの人がそう言う時は士郎の親父さんが何か顰めっ面するんだけど……まぁ、色々あるんだろう。
 とにかくあの二人の食欲は凄まじい。そしてどんなに食べても体型が変わらないもんだから、桜もいいなぁ……なんて羨んでた。……あいつも大して変わらないと思うんだけどなぁ。
 ともあれ、昼食だ。
 放課後は士郎と共に弓道部へ行かないといけないし、きっちり食わないとな。