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たとえばこんな間桐の話の蛇足の話(後)

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「邪魔してしまったかな。悪かったね、綺礼」
「いいえ。私こそ父上に迎えに来させてしまい、申し訳ありません」
「あまり年寄り扱いするな」
「そんな事は……」
「ふふ、冗談だ」
 穏やかに父と笑い合う今を、奇跡の様だと考える。
 あの式も良いものだった。
 打ち壊して真紅に染め上げる妄想に耽りながらも、それはしない。
 それよりあの場に居た者達の内包する歪みを思うと心が躍った。
 狂った間桐の二人の式。
 祝う者達もそれぞれに例外無く歪みを持ち。
 師は変わらずにうっかりと暴走を繰り返してくれた。
 ゆえつゆえつ。
 ……ああ、素晴らしい式だった。
 得た満足に、嗤いながら。
 そうして、思い出す。
 自身がこういうモノになった始まりを。



 壊れた人間は、なんとなくわかる。同類だからだ。
 同じモノの匂いには敏感なのだと笑って、そう言う間桐の男に、その神父は己の内に抱えるものを吐露してしまい。
 言峰綺礼はその後。
 間桐雁夜の言葉と行動とその周りの連中に色々と振り回され、己を完全に受け入れ、吹っ切る事になった。


 まともに会い、話したのは聖杯戦争の停戦後だった。
「神父は真面目だなぁ」
 言いながら、自分より背の高い男の頭を躊躇無く撫でるその男に、些か面食らいつつ。
「……そうだろうか」
「そうだよ。そんなに悩むのがその証拠だろ。お父さん尊敬出来るのも羨ましいなぁ。俺は父親いないしさ、覚えてもいないんだ。戸籍上の父親の糞蟲爺はただの蟲だし」
 なんだか凄い事を朗らかに、世間話の様に口にしながら、その顔には微笑を浮かべ。
 子供にするかのような優しい手つきで、雁夜は綺礼の、少々硬い黒髪を撫でていた。
「悪徳?歪み?許されない?……そんな自分に悩んで苦しめる神父は、これ以上無く正常だと思うけどなぁ。人と感じ方が違うだけだろ?いいじゃないか、思うだけならタダなんだから。……歪み切って壊れ切って腐り切って、しかもそれに無自覚で。狂ってる事にも気付かない、救い様の無い魔術師連中なんかより、よっぽど綺麗で正常だよ」
 そう言う雁夜の眼は、きっと濁って澱んで壊れていた。
 けれど、その口から出てくるのは己を肯定する言葉で。同じ位に、誰か達への憎悪と嫌悪と侮蔑も吐いてはいたけれど。
 それが、とても美しいと感じた己に、綺礼は少しだけ呆れ、嗤い。……受け入れた。
 そして。
「じゃあ取り敢えずお父さんに暴露して味方になってもらおうぜ!!そんで皆で開き直ろうぜー!!りせーさーん!!」
「待て間桐雁夜ァァ!!」
 教会に、悲鳴が響いた。



「父上は本当に敬虔な神の徒であり、人格者なんだ!!本物の聖人なんだ!!私の事も自慢の息子だと言ってくれて……」
「よしそんな人なら絶対受け入れてくれる!!問題無いな!!りせーさーん!!」
「やめろ間桐雁夜ァァ!!」
 そんな遣り取りと、珍しく焦りを伴った息子の叫びが耳に届いた。
 苦笑が浮かぶ。
 息子の内面を少しも理解していなかった己を恥じる心と。
 理解しようともせず、己の期待に応え様と懸命だった愛しい息子を苦しませてしまった己への不甲斐無さに。
 そして。
「……お前がそこまで焦った顔を見るのは初めてだな……綺礼」
 私の姿に目を見開いて固まった、息子の姿に。
 ああ、私の息子はどんな時でも可愛い。
 そんな風に思ってしまう、親馬鹿な自分にだ。



 言峰璃正。
 聖堂教会、第八秘蹟会の司祭。敬虔なカトリックの神父であり、八極拳の達人。修道士。聖職者。
 彼を表す言葉は様々にある。しかし彼は、まず第一に。
 言峰綺礼の父親だった。



 穏やかな笑みを浮かべ、慈愛の眼差しを向けてくる父に、私は何を思っただろう。
 絶望か、恐怖か。それともこの状況を生み出した間桐雁夜への憎悪か。
 しかし、次の瞬間には、もう何もかもが頭の中から吹き飛んだ。
 ふわり、と。父上が私を抱き締めたからだ。
「……すまなかったな、綺礼。何も解ってやれなかった父を、許してくれ……」
 ああ、全部聞かれていたのか。
 そう思うと同時に、何故自分が抱き締められているのかわからなくて、私は動けなくなる。
 父上の言葉を反芻し、時間をかけて吟味し、理解し、その意味を認識して。
「……ち、父上……。ちが、違うのです。……私は、私が……父上が謝る様な事は何も……!!私がっ……!!」
 言い募る。何を言いたいのか自分でも理解しないまま。ただ、父上にそんな事を言わせるのが申し訳なくて。
 しかし、それは遮られる。
「で、璃正さんはカミサマと息子さん、どちらをとるんですか?」
 空気を読まずに間桐雁夜ァァ!!貴様何を父上にっ!!
「勿論息子だ」
「父上ーーーっ!?」
 即答した!!父上即答した!!
 何を仰っているのですか父上!?
「カレンを引き取って冬木に永住しよう、綺礼。そして欲望が溢れそうになったら代行者として人ではないモノを狩りに行けばいい。気が済むまでヤッてしまえばいい。何、心配するな。人様に迷惑を掛けなければいいのだから!!」
 そして晴れやかな笑顔でそんな事を言ってきた。
 どうしよう、父上が壊れた。
「カレン?」
「ああ、綺礼の娘だ。……事情があってね。その存在を隠し、信頼出来る者に任せ、生活させていたのだが……。もういい。引き取る」
「父上っ!?」
 初耳です。
 ああ、妻とは死別し、娘の事など忘れていたけれど。
 ……忘れようとしていたけれど。
 これは、全てを父に任せたツケなのだろうか。
「家族揃って、見つけていこう。お前の幸せを。私達の幸せを。……綺礼」
 ……けれどもう、どうでもよくなってしまった。
 父の穏やかな笑みに。
 私の全てを受け入れると明言してしまった父に。
 苦悩も信仰も何もかも。
 そして、私の頬が濡れている感触も。
 父上の腕の温かさの前では、何もかもがどうでもよかった。





 そんなこんなで。
「そして見つけた愉悦とは!!」
「師のうっかりっぷりと暴走っぷりです!!」
「畜生雁夜ァァァ!!私の弟子まで汚染しやがってぶち殺したらぁぁぁ!!」
 舞うのは炎。ダッシュで逃げる雁夜と、その援護をする神父である。
「綺礼!!君私の弟子だろう!?何雁夜のフォローしてるんだいこの野郎!!」
「申し訳ありません、師よ。しかし雁夜に傷を負わすとなれば桜嬢が師を物理的に喰いに来ますので」
 結果的には師を守っている事になります、と冷静に返され、一段とヒートアップする時臣。
「どちくしょうがぁぁぁ!!」
「優雅はどこいったよ遠坂のご当主ー。あ、もう凛ちゃんが当主になったんだっけ。じゃあもう隠居だな、爺と同じかーうわぁ、アレと同類とかなんか嫌だな!!」
「黙れ焼かれろ燃え尽きろ雁夜ァァァ!!」
 ……優雅はこの十年ですっかりご臨終した様だ。
「ゆえつゆえつ」
 綺礼は相変わらずほくほくである。
 どうしても耐え切れなくなったら、私を殺しにおいで、と父に言われ。最後の手段を提示された今の神父には、心の余裕があるのだ。
 随分と物騒な父からの提案だが、綺礼はそれで、本当に全てを受け入れてもらえた実感を抱き、毎日を楽しく生きている。