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 鋭い目つきであり、勇猛な武人というより、隙がなく智謀に優れた策士といった雰囲気だ。
(ロアーヌの新君主に雰囲気は似ているかもしれない)
 西のウィルミントンに住むフルブライトが、東のロアーヌ侯爵を知るはずはないのだが、世界中に張り巡らせた情報網でおおよその人物像は掴んでいる。しかし、その情報収集力の総力をもってしても、今夜ピドナ軍団長に呼び出された意図はまったく見当がつかなかった。
 酒の盃を唇に当てながらルートヴィッヒは、くすりと笑った。
「温厚な表情の下で何を考えている」
「……辺境の地では魔物が跋扈し、家を追われる人々も増えていると聞いています。それに比べてピドナが平和なのは、全てルートヴィッヒ様のおかげでしょうね」
 考えていたことと全く別のことをフルブライトは言った。今夜の話が何であるか分からない以上、それを自分から切り出すのは得策ではないと判断したのである。
 ルートヴィッヒは鼻で笑った。
「くだらん世辞はいい。互いに忙しい身だ、単刀直入に言おう。前ピドナ近衛兵団長クレメンス様とおれに関する噂を、聞いたことはあるだろう?」
 不意打ちともいえるルートヴィッヒの問いを、フルブライトはとっさに微笑で受け流した。
「閣下とクレメンス様に対するお噂ですか? いや……」
「とぼけなくても良い」
 顔から笑みが消え、有無を言わさぬ鋭い口調でルートヴィッヒは言った。
 背中に冷たいものを感じる。
 この軍団長は何を言わせたいのだろうか?
 視線の強さにたまりかね、フルブライトは腹をくくった。
「閣下と神王教団が手を組み、政敵であったクレメンス様を暗殺して軍団長の地位を奪った、と……」
 ルートヴィッヒは頬杖をつき、流し目に見た。
「そういう噂があるのをおれも知っている。それを君はどう思うかね?」
 思わずフルブライトは微笑という盾をかなぐり捨て、眉をひそめた。
「どう、と仰せられますと?」
 ルートヴィッヒは薄く苦笑した。
「君は案外、物分かりが悪いと見える。順を追って話したほうが良さそうだ」
 見くびられたようで自尊心が傷つけられたが、それでも事の重大さに好奇心が負け、フルブライトは無意識に身を乗り出していた。
 ルートヴィッヒは器に盛られた豆を口に放り込んだ。
「クレメンス様に会ったことはあるかね?」
 フルブライトはうなずいた。昔、父親と一緒に挨拶に赴いた事がある。曲がったことの嫌いな、公正で厳格な人柄の持ち主だと感じた。
「そうだ。正義感の強い、厳しいお方だった」
 うなずいたルートヴィッヒを見てフルブライトは戸惑いを覚えた。彼の瞳には懐かしさと、悲しみと、そして怒りの色があり、口から出た言葉はその人物を殺した人間の言う言葉ではなかったからだ。しかし、すぐにその考えを打ち消した。
 この男は王座をかけたクレメンスとの戦いに敗れたにもかかわらず、謀略の限りを尽くして軍団長にのし上がった男なのだ。
 フルブライトの顔に警戒の表情が戻ったのに気づいたのか、ルートヴィッヒは肩をすくめながら苦笑いを浮かべた。
「まだ分からんか? 君が言ったようにあの方は曲がったことの嫌いな厳然とした方で、周りの者に対する以上に、自らに厳しかった人だ。ピドナ軍に所属する多くの兵士は彼を恐れると同時に、深く尊敬していた。地方都市であるリブロフから乗り込んできたおれが、その敬愛する師団長を殺害しておめおめと後釜に座っていられるはずなどあり得ないのではないか? 新市街において、そのような根も葉もない噂は存在しないも同様だ」
 フルブライトは、あっ、と思い当たった。そういえば、新市街における彼の噂はどれも褒め称えるものばかりであり、ルートヴィッヒが王になればいいと、あからさまに言う子供さえいるのだ。クレメンスに人望があった以上、疑いのあるルートヴィッヒに今の人気があるわけがない。
 ピドナ軍団長とは、一都市の将軍というだけではなく、次期メッサーナ王の椅子にもっとも近い者を意味する。邪魔者を殺害してその後任を務められるほど、ピドナは甘い街ではない。
 フルブライトは立ち上がった。
「では、一体誰が何のために閣下がクレメンス様を暗殺したなどという噂を流したというのですか」

作品名:ビジネス・チャンス 作家名:しなち