ビジネス・チャンス
ルートヴィッヒは鋭敏な目をフルブライトに向けた。
「おれには敵が多い。リブロフの奴らは、リブロフ軍団長であったおれが中央政権で力を得たことを知り、地元を盛り立ててくれると期待していたようだが、愛郷心を持ってメッサーナ軍総帥の座にはいられない。また、狙っているのが王座か独立か分からんが、力をつけるためにスタンレーを併合しようとしているファルスも、それを阻止するおれを疎ましく思っている。旧市街に追われたクラウディウス一族が虚言を流したという仮説も考えられるな」
一気に言って、フルブライトの席を手で指し示した。フルブライトは立ち上がったままであることに気づき、慌てて再び腰をおろす。が、次の言葉を聞いて、再び立ち上がりかけた。
「クレメンス様の忘れ形見である、ミューズ様という方が旧市街にいることを知っているか?」
フルブライトは驚いた。令嬢が旧市街にいることを驚いたのではなく、それをルートヴィッヒが知っていることに驚いたのだ。
「居場所をご存知なのですか?」
ルートヴィッヒは得意そうな笑みを浮かべた。
「ピドナにおけるおれの情報網が、フルブライト家のそれより劣っているとでも思っていたのか? その方はクレメンス様亡き後、シャールという元近衛軍団兵士と旧市街におられる。貧民の子供たちにもやさしく接するその気高いお姿は、女神様のようだと慕われているという。今の彼女の正体を知る者が、その女神様の父親の後釜に座ったおれを、犯人だと決め付けたとも考えられるな」
フルブライトは黙って聞いていた。
クラウディウス一族は一丸となって令嬢の居場所を隠していると聞いていた。が、すでにこの男の手の中に彼女はおり、危害を加えるどころか、見守っているような口ぶりに、改めて驚いていたのだった。
ルートヴィッヒは酒器を持ち上げながら続けた。
「クレメンス様もおれに劣らず敵の多い人であったように思う」
含んだ笑みを浮かべながらフルブライトを見つめる。
「最大の問題は、クレメンス様が武人であると同時に商人であったということだ」
どこか蔑むような言い方に、フルブライトはむっ、とした。
「どういう意味でしょうか。確かにあなた方武人の目から見れば、金のために笑みを浮かべ、だれかれ構うことなく頭を下げる私たち商人は唾棄すべき存在かもしれません。しかし、私は商人であることに誇りを感じています。山で畑を耕す者が塩を手に入れ、海で魚を取る者が麦を手に入れる。必要な物を手にして、喜んでもらうことが私たちの喜びです。私たちは暮らしを豊かにすることができますが、あなた方にそれはできないでしょう」
「まあ、待て」
ルートヴィッヒはさえぎった。
「言葉が悪かった。つまり、商業と武人はそれほどかけ離れているということだ。権力と富の合併があってはならないことくらい、あの方も分かっておられたはずだ。その上、新市街の実力者たちにとって悪いことに、憎んでいるといっていいほどクレメンス様は賄賂を嫌っておられたという情報もある」
フルブライトは言葉を失った。
権力を手にすれば、富も自然に集まる。それは当然の権利だと思っていた。それは間違っているのだろうか。
しかし、それを認めてしまうには、彼はあまりにも大きな責任を抱えていた。彼の両肩にはフルブライト家傘下にある、何千という使用人やその家族の生活が重く圧し掛かっているのだ。
「それでは……」
彼は額の汗を拭った。
「新市街の実力者たちの中に、犯人がいると?」
それならば、ルートヴィッヒが新市街において高い支持を受けていることも納得がいく。容疑を背負わせた後ろめたさだけでなく、家柄も後ろ盾もない、政界者としてはまだ若い彼ならば容易に取り込めると踏んで後援しているのだ。ルートヴィッヒが王になって権力を握るということは、彼らが権力を手にするも同様である。
黙って酒を口に含んでいるルートヴィッヒを見て、フルブライトは息を整えた。
「ではなぜ、神王教団ピドナ支部長がクレメンス様を暗殺したという噂がたったのでしょう?」
「マクシムス、か」
ルートヴィッヒは盃を置いた。
「その疑いはある。火のないところに煙は立たん。クレメンス様が布教活動を禁止する触れを出したのも事実だからな。あの男も謎の多い人物だ。おれたちが手を組んでクレメンス様を暗殺したという噂の出所もあんがい、おれとつながりを持ちたいと画策したあの男本人かも知れぬ」
「では閣下はあの男を調べるためにその噂を逆手にとって、神王教団に接近されているのですか」
ルートヴィッヒは鋭い目を光らせた。
「これまでの調べで、奴が聖王遺物にひどく興味を持っていることを掴んでいる。数年前、聖王の槍を盗んでレオナルド工房の主人を暗殺したのは奴だという見方もあり、別件で極秘に捜査が進められている。どちらにしても、動かぬ証拠がない以上、奴を捕らえることはできんからな。それに……」
ルートヴィッヒは目を暗い窓の外に向けた。
「これはこの捜査には全く関係のないことだが、奴らの正体を暴くことは、おれが唯一友と認めた男に代わっての復讐でもある」
その目に一瞬陰りが見えたが、ルートヴィッヒはすぐにそれを打ち消し、フルブライトを見つめた。