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「は?」
 フルブライトは首を傾げた。なぜ、護衛者であるシャールの戦闘能力を奪うことが令嬢のためになるのだろう。
 ルートヴィッヒは盃を持ち上げたが、空であることに気づいて小さく肩をすくめた。 
「当時、彼の強さは超越していた。そうして、忠義心の厚さも。容疑者である大商人たちの信頼を得る手始めとしてクラウディウス家の財産を没収したとき、多くの者が、後の憂いを取り除くためにシャールを亡き者にした方がいいとおれに忠告した。そうして、おそらくシャール自身もそれを望んでいたに違いない。主君の死に殉することは武人として名誉でもある。が、奴には残された使命があった。そのためにおれはシャールに頼まれたのだ」
 フルブライトは息をついた。
「……亡くなったクレメンス様の為に、ご令嬢をお守りすることですね? 彼は命の代わりに利き腕を差し出したのですね?」
 子供を誉めるように、ルートヴィッヒは大きくうなずいた。
「そうだ。そうでもしなければ、彼の命を救うことは難しかっただろう。おれは彼の忠義心に敬意を表して、クラウディウス家の残党を探す者から、ミューズ様を守る事を約束した。ミューズ様が真実を知って苦しまれぬように、そのことを秘密にしておくことも」
 新市街から探索の手が旧市街へ及ばないのは、そういうわけだったのだ。
 クレメンスが殺されたとき、ルートヴィッヒがすぐに犯人捜査に乗り出していればこのような複雑な事態にはならなかったはずだ。が、ピドナを影で操る大商人たちが裏で手を引いているとするならば、黒幕である真犯人を捕らえることは困難であろう。それは、マクシムスが犯人であった場合も同様だ。新政権樹立前に悪の温床は一掃しておかねば、その土台は弱い。
 あえて悪名を否定しないことで、真実を捉えようとしているこの男には、人に嫌われることを恐れない強さがある。
 フルブライトは意を決した。
「お受けいたします」
 深々と頭を下げたフルブライトを見て、ルートヴィッヒは満足そうにうなずいた。
「それは祝着。念を押すまでもないが、この話は決して漏らすなよ」
「承知いたしております」
 最後にフルブライトはもう一度尋ねた。
「では、クラウディウス家のご令嬢は真相が解明すれば、今のように打ち捨てられることはなくなるのですね?」
 ルートヴィッヒは苦笑した。
「打ち捨てられたとは人聞きが悪いな。はっきり言っておく。今のおれはクレメンス様を深く尊敬している。何としても犯人を見つけて裁きを受けさせてやると心に誓っているのだ。全てが解決すれば、新市街に残るクラウディウス邸はミューズ様にお返しするつもりだ。が、君の言葉に、クラウディウス家再建という意味が含まれるのなら、それは否定しよう。それは令嬢ご自身がお決めになることだ」
 そう言ってふと、やさしい目をした。
「クレメンス様は生前、こう言われていたそうだ。『せめてミューズが脇腹の生まれであれば、好きな未来を選ばせてやれるのだが』と。そうは言っても、側室など持たなかったお人だろうからあり得ない話なのだが。とにかく、もうクラウディウス家は消滅した。あれほどの名家であるから、絶えることはないだろうが、一人娘であったミューズ様がしかるべき家から婿を取って家督を継がねばならないという責務はなくなったのだ。あの方の人生は、あの方本人が決められるだろう」
 その言葉にフルブライトはうなずいた。
「確かに、そうですね」
 

 その後、詳細の打ち合わせをしてフルブライトはルートヴィッヒの前を辞した。
 外に出ると、月は雲に隠れたのか見えなくなっており、夜風が酒でほてった頬に気持ちがよかった。
 馬車に乗り込む前に、ふと思う。
(今の話は全部本当のことなのだろうか?)
 頭が冷えたからであろうか。フルブライトの脳裏に疑問が生じた。
 が、売上の減少しているフルブライト家再興の、またとない機会である。世界最大都市ピドナに信頼のおける同盟者を持つだけでなく、メッサーナの政界に信用と実績を得ることができるのだ。商売とは所詮賭けであり、賭けには危険が伴うことは承知している。
 それに、これだけの秘密を知った後だ。もう、今更引き返せない。
(今はあの男を信じてみよう)
 馬車が動き出した頃、夜空には再び細い月が出ていた。


――終――

作品名:ビジネス・チャンス 作家名:しなち