風香の手帖
風香は帰ってきてから何回か、小岩井家を訪れた。
しかしいつまで経っても小岩井は帰ってこない。
「ジャンボさん、小岩井さんは大丈夫でしょうか」
「あいつは携帯持ってないからな。風香ちゃんにこんなに心配かけて、どこほっつき歩いてんだ」
「怪我してたから、どこかで倒れてるとか……」
「それは大丈夫だと思うが、帰ってきたら風香ちゃんの携帯に電話するよ」
「わかりました。お願いします」
一旦風香は自宅へ戻った。
「もー、小岩井さんたらみんなに心配かけてー。男のプライドはわかるけど、連絡ぐらいくれればいいのに」
風香が心配していると、小岩井宅から電話が入った。
「もしもし、風香です」
「コイが帰って来たんだけど、それがなあ」
「今行きます!」
風香は隣へ飛んでいった。
中に入ると小岩井が倒れている。
「こ、小岩井さんどうしたんですか!?」
「酔っぱらいだ」
「とーちゃんよっぱらい」
どうやら泥酔して寝ているだけのようである。
風香は安心して座り込んでしまった。
「こいつがここまで飲むのは珍しいな。昼間のことがよほど堪えたんだろう」
「でもこれじゃ、小岩井さん体を壊します」
「俺も酒に逃げるのはどうかと思うが、それだけ風香ちゃんのことが好きなんだよ。それはわかってやってくれ」
「はい」
次の日、小岩井は朝遅く目を覚ました。
だがどうやって帰ってきたのか、まったく覚えていなかった。
しかも頭痛がひどく、何もする気が起きない。
のどが乾いたので、やっとの思いで台所に行くと、風香とよつばがいた。
「あ、小岩井さんおはようございます。大丈夫ですか?」
「頭が割れるように痛い」
「小岩井さん、声がガラガラ。それじゃ寝ててください。後は私がやっておきますから。朝ご飯ありますけど、食べれます?」
「すまん。ちょっと無理」
「とーちゃん、ぎゅうにゅうのめ。な?」
「牛乳か、飲むか」
「じゃあ温めますから、ちょっと待っててください」
小岩井はホットミルクを飲んだ後、寝室に戻り横になったが、頭痛のため寝ようと思っても寝られない。
小岩井が唸っていると、風香がやってきた。
「小岩井さん、二日酔いの頭痛にはコーヒーがいいってうちで聞いたんで、インスタントコーヒー入れてきたんですけど、飲めます?」
「うん、もらうよ」
小岩井はコーヒーを飲み干した。
「それじゃ、ゆっくり休んでください」
「ああ、ありがとう」
しばらくすると、頭痛が少し収まってきたようである。
小岩井は風香のことを考える。
「風香ちゃんにまた醜態を晒しちまった。でも本当にいい娘だよな。あんないい娘が子持ちの俺と一緒になって、幸せになれるのか?」
結婚の話までしておいて何をいまさらと思いながらも、小岩井の自信は揺らいでいた。
彼女ははたして、自分のどこを気に入ってくれたのだろうか。
自分に対する感情は、年上に対する一時の憧れではないのか。
考えれば考えるほどネガティブになるため、小岩井は考えるのをやめた。
そして自分を好きだと言ってくれた風香を信じようとしたが、今度は風香の隣にいた男子生徒の顔がちらつく。
さらに風香を守れなかったという事実は、小岩井の心の中の黒いしみとなり、徐々に広がっていくのであった。