風香の手帖
二話 「夢と現実」
「わーい! 海だー!」
風香と小岩井は、以前来た江田浦の海水浴場に来ていた。
よつばはまたジャンボに面倒を見てもらっている。
今日二人が海に来ているのは、よつばには内緒であった。
「それじゃ、着替えてきますねー」
しばらくして、水着に着替えた風香が浮き輪を持ってやってきた。
小岩井がリクエストした、白のビキニである。
「どうですか? 似合います?」
風香はクルッと一回転し、ポーズを取ってみせる。
小岩井は風香の胸に張り付いた視線を、やっとの思いで引きはがした。
「うん、よく似合ってるよ。何か他の男に見せるのが惜しくなってきたな」
「えへへ、そんなにですか?」
「そういえば、前来たときもナンパされてたような」
「こ、小岩井さん、早く泳ぎましょう!」
しかし二人ともカナヅチなので仲よく浮き輪を使っている。
もっとも風香の方はまだ許せるが、小岩井の浮き輪姿はあまりほめられたものではない。
次からはよつばを連れてこようと、小岩井は思った。
一通り遊んだ後、二人は浜辺で休憩していた。
「風香ちゃん、今日はお化粧してないの?」
「うん、ベースで日焼け止め塗っただけ。しばらくすっぴんでいようかなと思って」
「そうなんだ。それじゃこないだの初デートのときの風香ちゃん、写真に撮っておけばよかったなぁ」
「え? じゃあ次のデートのときはメイクしてみようかな……」
「デジカメ持っていくよ」
「私も小岩井さんの写真欲しい」
「俺の? どんなの?」
「んー、かっこいい写真」
「そういえば、よつばが撮った写真しかないなあ」
「へー、今度見せてください」
昼になったので、二人は食事のため浜茶屋に向かった。
その途中、若い男の二人組が風香を見て話をしているのが聞こえてくる。
「おまえ誘って来いよ」
「あれ父親だろ。親父の前でナンパはまずいんじゃね?」
「じゃあ、あの親父がいなくなったら行くか」
それを聞いて風香は思わず笑い出した。
「あはは。小岩井さん、私のお父さんだって」
「まったく誰が父親だ。風香ちゃん、俺から離れるなよ」
「はい、ふふっ」
食事が終わり、二人はビ-チパラソルの下で横になっている。
「あー、気持ちいいー」
風香は前から気になっていたことを、小岩井に聞いてみた。
「小岩井さんて、私のどこを好きになってくれたの?」
「んー、風香ちゃんの容姿とか性格がかわいいところかな」
「私、かわいいですか?」
「かわいいよ。何気ない仕草とか、恥ずかしくて真っ赤になってる姿とか、意外と泣き虫なところとか」
風香の顔がもう赤く染まっている。
「あと、料理がうまいところや、子供の面倒見がよくて好かれるところや、しっかりしてるけどたまに変なことを言うとか、好きなところ挙げていったらきりがないよ」
「うん、うれしい……」
「風香ちゃんは、俺のどこが好き?」
風香は小岩井にキスをした。
「これが答えです」
「なんかずるいなぁ」
「女の子はずるいものですよ?」
「さて、ちょっと歩こうか」
手をつなぎ波打ち際を歩いていると、風香が波に足をとられ倒れそうになる。
「きゃっ」
「おっと」
小岩井が風香を支えるが、お約束通り風香の胸をつかんでしまった。
「ご、ごめん!」
「ううん」
風香のキックが出なくなっただけでも、大きな進展である。
会話が途切れたので、突然風香は質問をしてみた。
「あのっ、小岩井さんは白い肌と小麦色の肌、どっちが好きですか?」
「うーん、小麦色の肌も健康そうでいいけど、透き通るような白い肌は憧れるかな」
風香はビキニをめくった隙間から胸を見てみるが、どうみてもそこまでは白くない。
「いや、風香ちゃん。今のはあくまでも理想だから。風香ちゃんぐらい白ければ十分だよ」
「本当!?」
しかし肌が白くなる方法を、後で誰かに聞いてみようと思う風香であった。
二人はもう一泳ぎすることにした。
もっとも二人とも浅瀬で海水に浸かっているだけである。
「小岩井さん、気持ちいいですねえ」
「うん、南の無人島で暮らしたくなるな」
「そうですねえ。よつばちゃんと三人で」
「え?」
「な、何でもない!」
「でもそうすると、毎日仕事しなくていいし」
「勉強もしなくていいし」
「よつばのように遊んでばっかりだな」
「決めた! 小岩井さん、新婚旅行は南の島に行きましょう!」
「えーと。風香ちゃん、それってプロポーズ?」
「…………きゃー!」
風香は耳まで真っ赤になってしまい、両手で顔を覆い水に潜った。
恥ずかしさのため足をバタバタさせている。
やっと風香の動きが止まった。
「風香ちゃん落ち着いた? そろそろ帰ろうか」
「はい……」
帰りの電車の中、二人で話をしている。
「そういえばプロポーズの返事をしていなかったな。新婚旅行は南の島に行くのに賛成」
「小岩井さんのいじわる。あれは頭の中で考えてたことが、つい口に出ただけです」
「そうか。頭の中でも俺と新婚旅行に行くことを考えてくれてるんだ。うれしいよ」
「あーんもう、私バカだー」
しばらくして、急に風香が静かになる。
小岩井が隣を見ると、風香は小岩井の肩に寄りかかり眠っていた。
小岩井は風香のさらさらの髪を撫でてやる。
そしていつしかお互い寄り添い眠っていた。
二人は地元の駅に着いた。
「よく降りられたな。直前に目が覚めたのがほとんど奇跡だ」
「私ぐっすり寝ちゃった」
「風香ちゃん、涎を垂らして寝てたからねえ」
「ひどーい!」
今日のことを話しながら、一緒に家まで歩いていく。
「風香ちゃん、今日うちにジャンボ来てるけど寄ってく?」
「うーん、ジャンボさんにもしばらく会ってないし、寄ってこうかな」
「じゃあアイス買ってくる」
「ただいま」
「こんにちはー」
二人が家に着くとよつばが駆けてきた。
「とーちゃんおかえりー。あー! ふーかもいる!」
「アイス買ってきたぞ」
「アイスたべるー」
居間に行くとジャンボがいた。
「ジャンボさんこんにちはー」
「おう、風香ちゃん。あまり焼けてないな」
「日焼け止め塗ってたから」
「女子高生は日焼けしたときの、水着の白い跡がいいんじゃないか」
「だって小岩井さん、白い肌の方がいいって言ってたもん」
「はいはい。ごちそうさま」
「しかし、風香ちゃんがコイと付き合うとは思わなかったな」
「でしょう? 事実は小説よりも奇なりって」
「自分で言ってちゃ世話ねーな」
「あれ?」
「風香ちゃんぐらいかわいければ、若いの選び放題だろうに。あれか? 風香ちゃんてファザコンなのか?」
「ファザコンじゃないと思うけど、年上の人は割と好き」
「年上も年上だぞ。まったくコイも幸せもんだぜ」