はいいろのゆび
Episode2
昼食が食べ終わり、アーサーは脚を伸ばして後ろに手をつき、縁側の向こうを眺める。
「そういえば、お前名前なんていうんだ?」
「本田菊と申します。」
「そうか。じゃあ菊、俺の秘書兼雑用として働け。」
「だから、それは出来ないと先ほどから言ってるではないですか。
秘書や雑用だったら私よりも適任の方が他にいらっしゃると思いますが。」
「じゃあ、質問を変えよう。何故、そんなにここを出たくないんだ?」
「…。」
「店だったら、休業の看板でも立てておけばいいし、犬だって連れてきていい。
それにお前の庭なら、花の世話の心配もない。そもそも、何でここには植物がないんだ?
法律でガーデニングは義務付けられているはずだ。」
「庭ならありますよ。貴方のすぐ横に。
その法律は庭を持つことは義務付けていますが、そこに植物がなくてはいけないと
いうことは無かったはずです。」
アーサーは菊の言葉に苦虫をつぶしたような顔をした。
「確かにそうだが…。」
「それに、私は植物を育てないのではなく、“育てられない”んです。」
「は?それどういう…」
「この際、貴方だからお教えしましょう。じゃないと、帰ってくれなさそうですし。」
そういうと、菊は縁側の下に置いてある下駄を履き、カランッカコンッと
庭の足場を歩いた。そして、緑で覆い尽くされた自身の庭の真ん中に立つと、
地面に誇らしく健気に咲いていたタンポポに手をのばす。
菊が触れると、そのタンポポの生気が少し弱まったように見えた。
と思った次の瞬間、太陽のような黄色と、みずみずしい碧い葉が
みるみるうちに色あせ、萎れていき、やがて地面にしなだれ落ちてしまった。
その光景には残虐さは一切なく、むしろ神秘的に思えた。
周りの鮮やかな花の色彩を全て吸い込んでしまいそうな黒い髪と、
それに反するように生白いバター色の肌のコントラストが、
現実味のなさをいっそう際立てていた。
一瞬、その光景に見惚れたいたアーサーだったが、今目の前で起こったことを
理解した瞬間、信じられない気持ちになった。
己の目が確かならば、そういうことだろう。
この男は、菊は普通の人間ではない。
特別な指を持っている人間だ。それも…
「私の指は、灰色なんです。」
アーサーは目を見開いた。