何もかも越えて
「薫・・・感謝の言葉もない・・・俺は・・・」
「あ?剣心・・・」
剣心は泣いていた。涙があとからあとから溢れてきた。
「すまぬ・・・俺は・・・」
剣心は自分の涙にとまどい、上半身を起こした。その剣心の首に薫が両腕を巻きつける。剣心の涙が薫の顔に落ちる。
「つらかったね、剣心・・・・・。これからは私もいっしょに背負うよ、剣心の背負っているもの」
そう言って薫は微笑んだ。剣心はその笑顔を見て、ますます涙が止まらなくなった。
「薫っ!」
剣心は薫の体にしがみついた。泣くのは久しぶりだった。いや、これほど涙を流すのは生まれて初めてかもしれない。嗚咽をあげながら、剣心は薫の体にしがみついていた。薫はそんな剣心の頭をやさしくなでていた。
薫。君はどうして、こんな俺を。こんな俺にそこまでやさしいのだ。こんな俺をなぜそこまで愛してくれるのだ。俺はこんな男なのに。何もない男なのに。
まるで剣心の胸のつぶやきが聞こえたように、薫がつぶやいた。
「剣心だから・・・」
「え?」
「剣心が剣心だから・・・。だから、愛している」
「薫・・・」
「剣心も、でしょ?私が私だから・・・だから愛してくれているんでしょ?」
「薫・・・ああ、そうだ。薫が薫だから・・君は俺がやっとみつけた答えなんだ。長い間ずっと探していた答えなんだ。もう決して離すことができない。もう決して失うことができない答えなんだ」
「うん。剣心。離さないでね、もう決して、離さないでね」
「離すもんか!薫、俺はもう君なしには・・・」
剣心は薫に激しく口づけた。
「離さない!離さない!もう絶対に離せないんだ!」
剣心は薫の顔中に、体中に、くちづけていった。薫のすべてに自分の証を刻みつけたかった。薫の肌を強く吸う。薫は剣心の激しい口づけを受け入れていたが、剣心が薫の胸の頂をかむと、あっと声をあげて「だめ」と言った。
「痛かったでござるか?」
「痛くはないけど・・・でも・・・」
「なら、止めないでござる」
剣心は再び薫の胸の頂点を唇に含んで強く吸った。
「ああっ!剣心・・・だめ・・・それ・・・」
薫は切なげに声をあげる。しかし剣心は愛撫をやめずに、そのまま薫の中に入った。先ほどの抱擁の名残で薫の中は熱く熟れていて、何の抵抗もなく薫の体は剣心を受け入れた。
「あっ!」
薫は上半身をのけぞらせた。
「薫・・・」
剣心は薫の胸から顔を離して、薫の顔を見る。薫は眉を寄せて、押し寄せる快感に耐えていた。唇を必死にかんでいる。剣心は薫の耳に口を寄せた。
「薫。声、きかせて・・・薫の声、聞きたいんだ・・・」
「剣心・・・」薫がうるんだ瞳で剣心を見上げる。その瞳が一層剣心を煽り立てるとも知らずに。
「薫・・・薫、薫、薫!好きだ!好きだ!ずっと・・・ずっとこうしたかった。君を抱きたかった。ずっと、ずっと!」
剣心は今まで秘めていた己の気持ちをすべて吐き出すように言葉を継いだ。そして薫の体を幾度も貫く。
「剣心、剣心、けん・・・しん・・・っ!!」
薫は両腕を剣心の首に回して、ひたすら剣心の名を呼ぶ。
「薫!俺を感じてくれ。俺の心を、感じてくれ。ずっと、ずっと、君が好きだった!初めて会った時から、きっと・・。俺は君に惹かれて・・・君に救われて・・・君なしでは生きていけないって、とっくにわかっていたんだ!」
「うん、うん、剣心・・・」
普段の剣心とは全く違う、心情をそのまま吐露する剣心。自分のことを拙者ではなく、俺という剣心。薫は二人が本当に夫婦になったのだと、もう二人を隔てるものはないのだと実感していた。
いつもの剣心からは想像できない激しい抱擁。薫に息つく暇さえ与えないほど繰り返される愛撫。乱暴なほど薫の中で暴れる剣心。何度登りつめても、またすぐ襲ってくる快感の波。何度達しても、すぐに剣心はまた薫を求めた。薫を抱きながら、剣心はずっと薫の名を呼び続けた。頂点に達するたびに、まるで泣くように、剣心は薫の名を叫んだ。
「ん・・・・・」
薫が目を覚ますとすでに剣心はいなかった。日の光が障子から差し込んでくる。
「もう朝・・・」
はっと薫はふとんから起き上がった。いつのまにか、寝間着を身に着けている。
「あれ・・私、昨日・・・」
薫は昨夜のことを思い出して赤面する。
(私・・・いつのまにか寝ちゃったのかしら・・・)
数えきれないほどの剣心の抱擁を受けた後、薫は意識を手放してしまったらしい。その後、剣心が寝間着を着せてくれたのだろうか。そういえば、体もすっかり清められている。
(剣心は・・・もう起きたのかな?私ったら新婚初日から寝坊するなんて・・・妻失格だ)
薫は起き上がったが、下半身にずきりと一瞬痛みが走った。
(あ・・・これ・・・昨夜の・・・)
薫は昨夜の剣心の激しい愛撫を思い出して、一層赤面した。
初回こそ剣心は加減していたようだったが、二回目からは戸惑いをすべて捨てたように薫の体の中に激しく入った。薫がまだ慣れない快感に涙を浮かべていても、剣心は薫の体を愛撫する手を唇を止めなかった。もっともっと感じてくれと、懇願するように薫の耳にささやきながら、薫を何度も何度も頂点へ誘ったのであった。
少しだるい体を起こして、剣心を探しにいく。と、台所から音が聞こえる。きっと剣心だ。
「剣心・・・」
思ったとおり、剣心は台所で朝餉の支度をしていた。
「おろ・・・おはよう、薫・・・もう起きたでござるか?朝餉ができたら呼びにいこうと思っていたのでござるが」
「おはよう、剣心・・・あの。ごめんね、私、昨日いつのまにか寝ちゃって・・・剣心が寝間着着せてくれたのね」
「薫、謝ることなんてないでござるよ。その・・・昨夜は、薫は失神してしまったのでござる。その・・・拙者があまりにも求めすぎて・・・あの・・・薫、体は大丈夫でござるか?どこか痛いところは?」
そういいながら剣心は頬を赤くした。
「あ・・・大丈夫・・・ちょっと腰が・・・でも、あの大丈夫・・・」
薫も顔を赤らめて、思わずうつむく。
剣心が薫に近づいて、そっと体を抱いた。
「薫・・・ありがとう。拙者、これほど幸せを感じたことはないでござる。これほど、己に正直になれたことも。薫と一つになれて、薫と気持ちをぶつけあえて・・・拙者がどれほど嬉しいか、きっと薫にはわからないでござるよ」
「剣心・・・私だって、嬉しかった・・・でも、剣心、私・・・あの・・・変じゃなかった?」
「変?薫・・昨夜の薫は天女のようだったでござる」
「剣心・・・」
二人は互いの額を合わせた。剣心の心臓がどきどきと鼓動するのが聞こえる。
「薫・・・」
剣心の声が上ずる。剣心の唇が薫の唇に重ねられようとしたその時、
「お~っす!!剣心!薫!」
弥彦の声がした。
あわてて二人は互いから離れる。
「あれ?薫、まだ寝間着かよ?で、剣心が朝餉の支度ってか?あ~あ、先が思いやられるな~。ふつー、反対だろ~?剣心、とんでもないヤツ、嫁にもらっちまったなあ」
「や~ひ~こ~」
薫は目を吊り上げている。
「弥彦、まあまあ、朝餉を食べにきたでござるか?もうすぐできるでござるよ」
「おう!やっぱ、剣心の飯、うまいからな~!」
「何よ、弥彦!あんただって、剣心のごはん、あてにしてんじゃないのよ!」