黒と白の狭間でみつけたもの (14)
アイリスに引っぱられるようにして、ベルが泣き言を言いながらビルの中へ入っていった。
なんか大きな子供みたいだ。
くすりと笑いながら、その後ろに続いて、トウコもタッくんと共にビルに突入した!
ビルに入った瞬間、1階のエントランスで待ち受けていたのは、大勢のプラズマ団だった。
先に突入したアーティさん、アイリスちゃん、ベルと共に睨み合う。
さっき倒したしたっぱや、ベルのポケモンを盗んだ団員も並んでこちらを見ている。
よくみると、右端の女が持つ小さな檻の中に、ムンナの姿があった。
その団員達の中央で堂々としているのは、どこかでみた七賢人だと名乗っているご老人幹部の2人と、カラクサタウンの演説で見かけた、ゲーチスという男だった。
皆さん、ご丁寧に揃ってお出迎えといったかんじだ。
「これは これはジムリーダーのアーティさん」
まるでこちらを歓迎しているかのような、穏やかな口調でゲーチスは言った。
自分は悪いことなど、何もしていないかのように微笑んでいるのが、余計にあくどくみえた。
その様子に、アーティが眉をひそめる。
「プラズマ団って人が持っているものが欲しくなると、盗っちゃう人達?」
アーティの言葉に、七賢人の一人が笑いはじめた。
ゲーチスの左側に立つ、青いローブを羽織った男だった。
「ポケモンジムの目の前に、隠れ家を用意するのもおもしろいと思いましたが、意外に早くばれましたな」
くつくつと笑う男。
何が面白いのかさっぱりわからない。不快感が募った。
「確かに……スムラさんの提案はおもしろいとは思ったのですが……。まぁ、ワタクシたちの素晴らしきアジトは、すでにありますからね」
ゲーチスがくつりと喉を鳴らす。
「さて、アナタがた イッシュ地方の建国の伝説はご存じですか?」
「しってるよ!くろいドラゴンポケモンでしょ!」
アイリスが大きな声で言った。
黒いドラゴンポケモン?
そういえば、そんな話、あった気がする。
小さい頃、お母さんに聞いた伝説の話。
「そう……多くの民が争っていた世界を、どうしたらまとめられるか……? その理想を追い求めた英雄のもとに現れ、知識を授け、刃向かう者には牙をむいた黒いドラゴンポケモン……。」
アイリスの言葉に反応して、ゲーチスが声を響かせる。
相変わらずの聞き逃せない何かを持った声だった。
「英雄と、ポケモンのその姿、その力が皆の心をまとめ、イッシュをつくりあげたのです」
睨み合う私たちの表情を、1つ1つ確認するように、ゲーチスは左から右へゆっくりと長いローブを引きずり歩く。
「今一度!英雄とポケモンをこのイッシュに蘇らせ、人々の心を掴めば!」
近づいてきたゲーチスの声が、不気味なほど大きく響いた。
「いともたやすくワタクシの……いや、プラズマ団の望む世界にできるのです!」
そう言い放ったゲーチスと目があった。
くすんだ目。
黒い炎のような闇を見た気がして、背筋がゾッとした。
「…このヒウンには、さぁ、たっくさんの人がいるよ」
黙って話を聞いていた、アーティが静かに言った。
その視線の先は、ゲーチス。
睨み付けるわけでもなく、軽蔑するわけでもなく、ただまっすぐに。
「それぞれの考え、ライフスタイル、ほんっとバラバラ……。正直、何を言っているかわからないこともあるんだよねぇ」
真摯な態度で、前を見据えて話すアーティの姿を、トウコは見つめた。
ベルも、アイリスちゃんも、同じようにアーティさんを見つめていた。
「はて?」
「なにを?」
突然話し始めたアーティの言葉に、団員達は動揺しながら、お互いの顔を見合わせた。
首をかしげてざわつきはじめる。
アーティは、かまわず続けた。
「だけど、ポケモンを大事にしているのは、みんな同じなんだよね。はじめて出会う人とも、ポケモンを通じて話すんだ! 勝負したり、交換したり、ね」
アーティさんの言いたいこと、その思いがなんとなくわかってきた。
「カラクサの演説だっけ?ポケモンとの付き合い方を考え直すきっかけをくれて、感謝しているんだよ」
アーティはそう言って、目の前にいるプラズマ団を見据えた。
「そして誓ったね……!もっと、もっと、ポケモンと真剣に向き合おうってね! あなた達のやっていることは、このようにポケモンと、人の、結びつきを強めるんじゃないの?」
アーティの投げかけた言葉に、フロア全体が静かになった。
黙り込むプラズマ団。
団員の中には、目を泳がせる人もいる。
感動すら覚えるその言葉に、拍手したい気分だった。
何かが揺れ動きそうに感じたその静寂を、破り捨てたのはゲーチスの低い笑い声だった。
心臓に刺さるような、その不気味な笑い声にゾッとする。
「フハハハ! つかみどころがないようで、思いのほか切れ者でしたか」
高笑いするゲーチスはどこか満足げだった。
「ワタクシは、頭のいい人間が大好きでしてね。王のため、世界各国から知識をもつ人間を集め、七賢人を名乗っているほどです。 よろしい!ここはアナタの威厳に免じ引き上げましょう」
ゲーチスが話し出し、プラズマ団にわずかにみえた動揺は消えていた。
複雑な表情を浮かべているアーティをよそに、ゲーチスはトウコの側にいるベルをみた。
「そこの娘……」
視線があったとたん、ベルはビクリと身体を震わせた。
「ポケモンは返してやろう」
ゲーチスはそう言うと、後ろに控えているプラズマ団の女に顎で指示した。
女が指示に従い、檻のカギを開く。解き放たれた扉をみて、ムンナは急いでベルの元へと駆け寄った。
「ムムゥン!!」
「ムンちゃん!」
飛びついてきたムンナを、ベルがぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう!! よかったムンちゃん、おかえり!」
「おねーちゃん!!こいつら ひとのだいじなポケモンとっちゃった わるものなんだよ!?」
さらりとお礼を言っているベルに、アイリスがつっこんだ。
「そうだよ。お礼なんて言う必要ないのに…」
「で、でもお……。ムンナが無事でうれしくってぇ……」
毎度ながら、ベルの天然さというか、ずれているところにはびっくりさせられる。
でもまぁ、とりあえずはポケモンを取り返せたことだし、いいのかもしれないけれど…。
……パチ、パチ、パチ。
乾いた音が聞こえた方を見ると、ゲーチスが拍手を送っていた。
「これは麗しいポケモンと人の友情!」
わざとらしい、笑顔。
感情が入っているとは思えない声だった。
「ですが、ポケモンを愚かな人間から自由にする。そのために伝説を再現し、人の心を操りますよ……。では……」
とたんに、部屋が真っ暗になった。
博物館の時を思い出す。
「ごきげんよう…」
ゲーチスの声が響いて消える。
まずい!逃げられる!!
せっかく追いつめたというのに!
「アーティさん!」
思わず叫んだが、アーティから指示は来ない。
そうしている間に、部屋が明るくなり、プラズマ団の姿はどこにもなくなっていた。
また、逃げられた。
結局何もできていないくやしさが溢れてくる。
作品名:黒と白の狭間でみつけたもの (14) 作家名:アズール湊