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ハリー・ゴー・ラウンド②

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 気に入りのラジオプログラムを遮り、報道された臨時ニュース。
 不自然な沈黙と雑音の後、いつものMCがやけに深刻ぶった声で語り出す。
 横領・詐欺・技術盗作等、商売人としてそう遠くは無い話題に、彼は横目でラジオを見やる。
 被疑者の名前が報道された途端、彼はラジオを掴み駆け出した。

 探していた人物は、いつもと変わらぬ様子で自室のベッドに寝転び図鑑を読んでいた。
 ノックも無く乱暴に開かれた戸に勢い良く顔を上げ、そして入り口に立つ人物を呆然と見上げる。
 「聞いたかお前!!? 今のニュース、お前の親父じゃないか!!??」
 部屋の主が問うより早く、赤い髪の商人が叫ぶ。
 ベッドの彼はすっと平素の顔に戻り、再び図鑑に視線を戻した。
 「俺に親父なんかいないけど。」
 「バカ言ってる場合かよ、捕まったんだぞ!? 贋作で!! 鍛冶屋も終わりだ、ギルドからも追放だ!」
 赤い彼が早口で捲し立てるが、当の本人は全く意に介さず図鑑を目で追っている。
 「迷惑な話だ。」
 大きな溜息を吐き、無感情に言い放つ。
 彼を象徴する、寒色そのままの冷ややかな目だった。
 彼はつかつかとベッドに歩み寄り、図鑑の真横へ思い切りラジオを投げつけた。
 「お前が何と言おうと親父は親父だろ! 何だよその態度!」
 思いのほか深くシーツに沈んだラジオにびくりと肩を竦め、青い髪の商人がゆっくりと顔を上げる。
 顔を真っ赤にして怒る友を不思議そうに見上げた。
 「泣くほど怒る事?」
 指摘され、怒りに潤んだ目を乱暴に拭い、もう一度彼を睨んだ。
 きょとんと自分を見詰める緑の瞳に居たたまれず、赤い彼は不細工に眉を歪める。
 「ほんとに、何とも思わないのか?」
 確認する様に、一音一音はっきりと言葉を紡ぐ。
 真っ直ぐ問い掛けてくる目に、青い彼はふっと目を伏せ口角を上げた。
 「やったのは俺だよ。俺がぶち込んでやった。」
 暗い微笑みは自嘲の笑いだった。
 「ハァ!? お前、何言ってんだ?」
 赤い彼は目を見開き、素っ頓狂な声を上げる。
 青い彼はベッドから起き上がり、姿勢を改めあぐらをかいて座ると話を続けた。
 「俺みたいな弱っちい商人でもね、金さえあれば引き受けてくれる人がいるんだよ。」
 とても現実とは思えない内容に、赤い髪の商人は体も思考も固まった。
 しかも、その現実離れした話を語って聞かせるのは、長年兄弟の様に一つ屋根の下で暮らした親友。
 「この間ね、ちょっと良い物拾ってさ、もうすっごい嬉しかったよ。一つ夢が叶うって。」
 もう一つは国一番の鍛治屋になる事ね。
 当時を思い出し、本当に嬉しそうに、幸せそうに一人で笑う。
 全く悪びれた様子の無い友の姿に、赤い彼はぞっとした。
 本当は自分の方が間違っているのではないかとすら思った。
 「どうしてお前、生きてんのに、そんな風にしか、」
 混乱した頭で、纏まりの無い言葉を無理に繋ぐ。
 寒くも無いのに鳥肌が立ち、握った拳がじっとりと汗ばむ。
 「俺だってこんな風に思いたくないよ。だけど、もう遅いんだ、染み付いちゃってる。どうにもならない。」
 感情の根拠は、青い彼にも良く解らない。
 唯、自分と母親を捨てた人間への憎悪が、いつまでも薄れる事無く心の奥底にあった。
 「でかいトンボに会った時も、転職試験の追試も、もう駄目かと思ったけど結局どうにかなった。
  だけど、死んだら会えないんだ。一生、二度と、どんなに願っても、絶対会えない。絶対だ。
  生きてるだけでも幸運だって、どうして、」
 「そう。だから終身刑になる様に頼んだ。鍛冶屋としては終わりだよ、死んだ方がマシだろうね。」
 「・・・本当なのか。」
 青い彼はもう友を見ようとはせず、友の後ろの壁板の、一つだけ妙な形をした木目をじっと見ている。
 「本当だよ。」
 故意にか無意識か、能面の様な無機質な顔をしていた。
 普段は理性的で柔軟な思考を持ち愛想も良いが、時々普段の彼からは想像もつかない程頑固になる。
 生来の頭の回転の早さを逆手に取り、狡猾で非情な側面が顔を見せる。
 こうなってしまっては何を言っても無駄だと、付き合いの長い彼は知っていた。
 「自分のやった事を正当化するつもりは無いよ。悪い事だって解ってる。でも、後悔はしない。これからも。」
 壁を見詰めたまま、青い髪の商人はきっぱりと言い切った。
 躊躇いや葛藤は無い。
 「そうか。」
 もう赤い彼には言うべき事は無く、短くそう答えるだけだった。
 通りに面した窓からはしゃぐ子供の声、キッチンからは焼けた魚の匂い。
 沈黙の中、耳と鼻だけが現実に引き戻される。
 窓の外に目をやると、薄らと空が赤く染まり始めていた。
 彼の父親の記事が載った夕刊がアルベルタに持ち込まれるのはもう少し先だろう。
 「俺を、軽蔑する?」
 自分への問い掛けに、赤い彼はベッドへと視線を戻す。
 青い彼は小さく背を丸め、つむじだけをこちらに向けていた。
 「軽蔑したよね。見限られてもしょうがないね。」
 ずずっ、と鼻を啜る音が聞こえ、彼の体が揺れた。
 顔は見えない、だけど、泣いているのだとすぐに解った。
 赤い彼とは違い、滅多に泣かない、彼が。
 「後悔はしてない。でも、お前や母さんに、見放されるのが、怖い。」
 途切れ途切れに吐き出される言葉は涙声で、聞き取りづらかった。
 どんなに人に好かれる彼でも、兄弟も父親もいない彼にとって、たった二人の血族への依存は人より強いのだろう。
 一つは母親、もう一つは赤い髪の彼。
 それは、赤い彼にとっても同じだった。
 「それを後悔って言うんじゃないのか。」
 ぶっきらぼうに赤い彼は言う。
 解らない、と青い彼は弱々しく呟くが、顔を上げようとはしなかった。
 「お前の考えには同調出来ない。」
 赤い彼の手が伸び、俯く彼の青い髪に触れる。
 青い彼はびくりと肩を揺らし、視界の端に映る指先を追った。
 指はたどたどしい仕草で前髪を掻き上げ、耳に掛けた。
 懐かしく、安心するその仕草。
 「だけど、例えお前が間違ってたとしも、俺は一生お前の味方だから。」
 恐る恐る青い彼が顔を上げると、友の真摯な視線と目が合った。
 堪らず青い彼は口をへの字に歪め、溜まっていた涙をぼろぼろと零す。
 滅多に見られない友の情け無い泣き顔に、赤い彼は危うく自分まで泣いてしまいそうになった。


作品名:ハリー・ゴー・ラウンド② 作家名:335