ハリー・ゴー・ラウンド②
日も完全に落ち真っ暗になった墓地に、幾つかの光が落ちている。
ランプを囲みたむろする堅気では無さそうな連中が、墓地を彷徨う男女を不思議そうに愉快そうに目で追っていた。
彼等のランプのお陰で、いくらか方向感覚がまともに働いた。
帽子の彼が二人の名前を呼ぶと、暗闇を彷徨う二つの人影が反応した。
ビスケット色のブラックスミスがオイルライターをかざし、帽子の男の顔を確認する。
帽子の彼は無言で手を差し出し、ビスケット色の彼もまた黙ってライターを渡した。
先頭を歩いていた彼がぴたりと足を止め、墓碑らしき石に手を伸ばす。
蜜柑色のブラックスミスは自身の剥き出しの腕を庇い、身震いをして白い息を吐き出した。
オイルライターの光に浮かぶ、名の無い墓碑。
墓碑を取り囲み甘い香りを漂わせていた花は、茶色く腐りかけていた。
「これ?」
蜜柑色の彼女は素っ気無い四角い石を前に、放心していた。
「そう。」
「名前、無いっすよ。」
「急だったから。」
ビスケット色の彼はその背後で棒立ちになり、墓碑を凝視している。
蜜柑色のブラックスミスは突然帽子の彼を押し退け、墓の前に膝を付くと土を掻き始めた。
帽子の彼はすぐにその片腕を掴み、オイルライターを持ち主に押し付けるともう片方も掴み取った。
「こんなんで信じられるわけないでしょ!確かめる!」
渾身の力で振り払おうとするが、男と女の腕力の差は歴然としていた。
「俺が見たから、お前等は見ちゃ駄目だ。」
彼の言葉にぴたりと抵抗が止む。
蜜柑色の彼女はまん丸に目を見開き、自分を制止する仲間の顔を見上げた。
ビスケット色の彼も、彼女と同じ顔で帽子のブラックスミスを見詰めていた。
「自分のタグ噛んでた。あいついつも付けてただろ、ドッグタグ。」
然程遠くない記憶の尻尾が脳裏を掠め、帽子のブラックスミスは慌てて思考に蓋をした。
蜜柑色のブラックスミスの瞳が潤み、涙が溜まって、大きくなった雫がころんと零れる。
やがてころころと玉の様な涙が繋がり、線になり、面になって頬を濡らした。
いつも真夏の花の様に笑っていた彼女が、ぺったりと湿った土の上に座り込み大声を上げて泣いている。
ビスケット色のブラックスミスは口唇を噛み、不自然に顔を逸らせていた。
急に夜の寒さを知覚し、帽子の彼は自分達のとんでもない軽装振りに気付く。
「帰ろう。風邪引くから。」
ビスケット色の彼の肩を叩き、蜜柑色の彼女の腕を支えて立たせる。
時々聞こえる鼻をすする音が静かな夜の通りにやけに大きく響き、耳について仕方が無かった。
作品名:ハリー・ゴー・ラウンド② 作家名:335