ハリー・ゴー・ラウンド②
以前と変わらぬ様子で露店を広げる、蜜柑色の女ブラックスミスとビスケット色の男ブラックスミス。
その隣には、黒い帽子のブラックスミス。
蜜柑色のブラックスミスは普段にも増して良く喋っていた。
ビスケット色のブラックスミスは彼女に相槌を打ちながら、伝票の整理に没頭している。
帽子のブラックスミスはいつも通りに口数が少なかったが、気付けばぼんやりと空を見上げていた。
皆何気ない風を装ってはいるが、仲間一人の存在はそう簡単に割り切れるものでは無い。
「あのプリースト、もう来ないかな。」
往来を見詰めていた帽子のブラックスミスが突然ぼそりと呟く。
ビスケット色の男が顔を上げ、蜜柑色の女が振り向いた。
「何か用があったの?」
まだ少し腫れぼったい目に見詰められ、帽子の彼は一瞬どきりと胸が痛む。
「お礼、言ってなかったから。名前とか、聞いてないか? どこら辺に住んでるとか。」
「名前も聞いてなかったんすか。」
ビスケット色のブラックスミスが呆れ顔で笑う。
蜜柑色の彼女は手帳を取り出し、左半分に書かれた文章を写すとそのページを破って渡した。
「名前はリネン、モロクの教会の人だよ。」
「教会・・・」
蜜柑色の彼女の言葉に、帽子のブラックスミスは表情を曇らせ俯いた。
確かにモロクは首都から近いとは言えないが、それよりも、教会に行く事自体が憂鬱に思えた。
「取り合えず行ってみる。」
憂えていても仕方が無い。
言うや否や帽子のブラックスミスは広げていた商品を掻き集め、カートにしまい始める。
「い、今から行くの?」
急な仲間の行動に二人のブラックスミスは呆気に取られ、てきぱきと店じまいをする彼の腕を唯ただ追っていた。
「あぁ良いよ、俺一人で行くから。」
帽子のブラックスミスはお構いなくとでも言う様にすっかり片付けてしまうと、カートを手に立ち上がる。
二人に手を上げ別れを告げると、あっという間に人ごみの中に消えていった。
鍛冶屋として独立し長く拠点としていたプロンテラとは違い、一年を通して暑く乾いた土地の気候に彼は早速帰りたいと願った。
小さな町教会はまるで隅に追いやられたかの様に、街の外壁を背にしぽつんと建っている。
治安も悪く雑多な通りに比べれば、教会の周辺はいくらか片付いている様に思えた。
果たして目的のプリーストはそこにいた。
目的の人物の名を告げると、修道女は彼が腕に抱えたコートとマフラーを一瞥し奥へと消えていった。
気まずさにコートを畳んでいる所に現れた、一人の男プリースト。
彼はブラックスミスに気付くと修道女と一言二言言葉を交わし、彼女は礼をしてその場を立ち去る。
彼女の後姿を見送ると、プリーストはくるりと振り向いた。
短く刈られた真黒い髪、柔らかに細められた墨色の目、穏和そうだが却って近寄りがたい印象を受ける。
間違い無くあのプリーストだと、ブラックスミスは思った。
まさかこんなにすぐに見つかるとは思ってもおらず、まじまじとプリーストを見詰め立ち尽くす。
「ヴィヴィアンさん? どうかなさいましたか?」
声を掛けられ、ブラックスミスははっと我に返った。
気付けばプリーストは不思議そうに、照れ臭そうに微笑み首を傾げている。
「あっ、ああ・・・、あの、お礼を、言ってなかったので。」
慌てて帽子を脱ぎ、一礼する。
まともな状態で口を聞いたのは初めてで、緊張で上手く言葉が回らない。
彼に見せたのはいつもみっともない泣き顔だったと思い出し、急に顔が熱くなるのを感じた。
「お礼だなんて、とんでもない。出過ぎた事をしてしまったかと、懸念しておりましたが。」
「そんな、こちらこそ、混乱してて何言ったか・・・」
俯いた視線の先、端の解れた絨毯が目に入る。
プリーストは何気なく彼の視線を辿り、行き着いた先に苦笑いを浮かべた。
「この街の人々は現実的なんですよ。」
プリーストに言われ、ブラックスミスは窓のステンドグラスを見上げた。
どこを見ても装飾は少なく、首都の大聖堂の様な荘厳さは感じられない。
逆に大聖堂の様な威圧感がなく、ブラックスミスにとっては却って居心地が良かった。
「宜しければ、私の私室にいらっしゃいませんか。まだ片付けが終わっていなくて・・・お恥ずかしいですが。」
作品名:ハリー・ゴー・ラウンド② 作家名:335