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刀語 第四話 薄刀『針』再現

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 海面に横たわる鮫の半身をなでる。その断面は、まるで鏡を撫でているかのようにすべらかだった。

「一時休戦にござる。早急に救助に向かうが良い」
 地面に無事着地した七花に向かって、錆白兵は刀を鞘に収めながらそう言い放った。
「……すまない。恩に着る」
 七花の謝礼に錆はただ無言でうなずいた。

「大丈夫か? とがめ」
 主のもとへと泳ぎ着いた七花はとがめを抱きかかえて陸へと戻り始める。海の冷たさゆえか、それとも先ほどの恐怖ゆえか、彼女の体は冷え切っていた。
「ああ、とりあえず目立った負傷はない」
 いつもの毅然とした声がかえってきて、七花は安心する。しかし次の瞬間にはそうやって安心した自分を激しく恥じていた。自分は彼女を救えなかったというのに……!
「――すまない。本当にすまない、とがめ。俺はお前の刀失格だ」
「七花……」
 しばしの無言。その沈黙は責めよりも辛く、傷よりも痛く。
「――ふん。まったくだ。折角の一張羅が鮫の血まみれで台無しではないか。海水にもつかってしまったし、これはもう着ることができんな」
「……悪い」
「そういえば、前にもそなたに服を一丁駄目にされたな。宇練銀閣の居合いで切り裂かれたときだ。あのときは――そなたが私を助けてくれたのだったな」
「とがめ……」
「あの一件とで今回の件はちゃらだ。気に病むでない。もしそれでも、自らが許せぬというならば、自らの心が責めるならば――
 見事奴を打ち倒し、名実共に日本一の刀となってみせよ。これは頼みや慰めではないぞ? 命令だ。奴を倒せ、というな」
「……極めて了解。俺は奴を倒そう」
「うむ! しかし大変だぞ? 先ほどの技、どうやら間合いを自在に操るものだ。虚刀流にはまさしく天敵であろう」
「ああ、確か『速遅剣』とか言っていた」
「速遅剣……なるほど。その名からすると、剣を振る速度差あたりになんらかのからくりがあるのかもしれんが……まあ、技の正体など今回は探るだけ無駄だな。その原理がわかったところで、間合いがのびるという現実には変わりないのだから。戦闘前にもいったように大事なのは対策だ。特にあの『逆転夢斬』は曲者だろう。まさしく剣術の極致の一種だ。あの技を会得したとき、錆は『剣聖』の称号を得たというが……納得したよ」
「それについては俺に少し考えがある。任せてくれないか」
「ほう。ではそなたに一任してみよう。あと、先ほどの攻防で錆が用いたのは恐らくあの白羽取りだけではないぞ。あれほどあった距離を瞬時に詰めた歩方。まさしく『爆縮地』に間違いないだろう。さらに言うならそなたが『菖蒲』を用いたとき、明らかにそなたは妙な動きをしていた。いや、させられていた、というべきかな。そこにも何かあるに違いない」
「なっ……」
 七花は驚愕を禁じえなかった。
 いきなり海に放り出され、自らに鮫が迫ってくるそのときまで!
 とがめはあの攻防から目を離さず観察していたというのか……!?
「――さすがだな、とがめ。それでこそ俺はあんたに惚れたんだ」
「うむ、当たり前だ!」


「悪いな、待たせた」
 とがめを戦闘に巻き込まれないような、それでいて戦いを観察できる場所にまで運び終わってから、七花は錆と相対する。
 目の前に立っていて改めて実感する。
 隙というものがまったくといっていいほど見当たらない。どこから攻めようか検討もつかない。
 これが――日本最強。
「よいのでござるか? その袴が乾くまで、待ってやってもよいのでござるよ?」
 口ぶりと顔つきは余裕そのものだ。だが、七花には分かる。放った声の質が、静かな瞳の奥底が、彼の――錆白兵の隠しきれぬ闘志を伝えてくる。
「余裕ぶるなよ、堕剣士。濡れた袴に足を取られて動きが鈍るほど、俺も虚刀流もやわじゃない。先ずは――速さ比べといこうじゃねえか」
 硬い岩盤に指をつく。先ほど舟の上で見せた極端なまでの前傾姿勢――
「虚刀流七の構え『杜若』」
(『速遅剣』による間合いの問題もあるが、とりあえずはここからだ。先立って見せたあの歩方『爆縮地』。その速さと自在性……見たところ相当なものだ。
だからこそ、その限界点を探っておく必要がある)
「ふん、いいでござるよ」
 刀を抜き放ち、姿勢を低く落とし込む錆白兵。『杜若』ほどの前傾姿勢ほどではないが、踏み込みに重きを置いた構えだ。
 瞬刻の沈黙の後、名乗る。
「虚刀流七代目当主 鑢七花」
「刀――錆白兵」

 ――参る!

 爆音が辺りに鳴り響く。
『爆縮地』
 その何一切の偽りは無し。錆の蹴りだした地面はまるで爆薬が点火したかのように爆ぜる。
 その足の運びはまさに縦横無尽。極端な前傾姿勢をとるが故に『杜若』では実現し得なかった横への動きをいともたやすくやってのける。
 対する虚刀流も負けてはいない。横への動きを犠牲にしてはいるものの、代わりに『爆縮地』以上の速度を常に保ち続けていた。傍から観戦しているとがめの目には、七花の残像しかうつらない。
 地表を蹴り穿ち、豪風を巻き上げ、大気を震わせながら、決して広くはない決戦場を自由自在に駆け回る二人。時折、手刀が空を薙ぐ空気の悲鳴が聞こえる。閃く斬撃の軌跡が光る。並みの動体視力しか持ち合わせていないとがめには、最早その程度のことしか判別することはできなかった。

(疾い! だが、抜けない疾さじゃない!)
『爆縮地』と『速遅剣』の併用による前後左右からの間合いを無視した斬撃。それをひたすらにかわし続けながら、七花はとあるタイミングを待っていた。
 前後自在な足運びの生み出した七花の残像を、錆が寸分の狂いなく切り裂く。大振りの攻撃を外したことでほんの一瞬だけ、錆に隙が出来る。
(今!)
その隙を七花は見逃さなかった。手は鞘から遠く離れている。剣を振るう以上、常に左手を鞘の近くに添えているなどできるはずがない。これならば先ほどの『逆転夢斬』も使えぬはず!
「虚刀流『雛罌粟』!」
 手首を返しての強烈な切り上げ手刀が錆白兵を襲う。間合い、タイミング、威力、速度。どれをとっても理想的。七花は技の必中を確信した。
(入った!)
 一撃決殺の威力を帯びた七花の手刀が――空を薙いだ。
「!?」
「――『速遅剣』」
「しまった!」
 大振りの技を外して隙を晒すのは、次は七花の方だった。体格の大きい七花の手刀が外れただけあって距離はあるが……この男に限っては、間合いなどなんの意味も持たない!
 横に飛ぼうと後ろに飛ぼうと、たとえ真上に飛ぼうとも、その剣は七花の体を綺麗に分断するだろう。四方八方全方向。七花に逃げ道はなかった。
 ――そう逃げ道は。
「虚刀流奥義!『鏡花水月』!」
 一の構え『鈴蘭』から繰り出される神速の抜き手。数ある虚刀流の技の中でも最高速度を誇る奥義だ。その抜き手の切っ先が、まっすぐに錆の喉元へと向かう。さしもの錆白兵も虚をつかれたのだろう。始動の最中にあった技の動作を急停止、回避に専念する。
「が……ぐぅっ!」