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ブロークン・ウイング

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「すまない……」
 震えていたのは、すでに死を覚悟していたからであろう。門の向こうで犠牲となって自分を逃がしてくれた衛兵に黙祷を捧げる暇もなく、シャールはすぐに門から離れて城壁沿いに北側の雑木林へと走った。
「あそこだ。計画は中止だ。奴を逃がすな」
 すぐに門が開き、中から十数人の兵士が飛び出してきた。
 次々に矢が射掛けられ、シャールの足元や周りの木々に突き刺さる。弓から離れた一本の矢が、茂みに足を取られながら必死に逃げるシャールの右肩をかすめ、その衝撃でシャールは態勢を崩して前のめりに転がった。そのまま斜面を滑り落ちる。木の幹や、むき出しになった根に体を打ちつけながら転がり落ちたシャールは、目の前にそびえ立った石造りの壁にぶち当たり、やっと止まることができた。
 壁の周りに生えている雑草が衝撃をやわらげてくれたものの、立ち上がろうとしたシャールは、痛みとめまいで再び膝をついた。しかし、ぐずぐずしている暇はない。ルートヴィッヒの兵たちはすぐに追いついてくるだろう。
 猛烈な吐き気と戦いながらシャールは壁に手をついて立ちあがり、軽く頭を振って意識が遠ざかろうとするのをこらえた。
 石を積み重ねて造られた目の前の高い壁は、どこかの屋敷の塀のようであった。石と石の間に足を差し込み、左腕だけで体を塀の上に持ち上げたシャールは、塀の上にうつぶせになったまま中の暗闇を透かし見た。
 屋敷に灯りはついているが、庭に人影はない。
 音を立てずに塀から滑り降り、潅木に身を隠しながら塀沿いに屋敷の奥へと向かう。かなり大きな屋敷である。
 隠れ場所を探しながらシャールはここが誰の屋敷かを思い出した。昔は、一族から宰相を出したことがあるほどの有力な貴族が住んでいたが、失脚して財産を没収され、それ以来無人の屋敷となっていると聞いていた。
 そのためか、庭の手入れはほとんどされておらず、木々の枝や草は伸び放題になっている。
 庭の隅に朽ちかけた小さな小屋があった。中を覗くと、飼い葉桶や壊れた樽などが積み重なっている。シャールはその中に体を滑りこませ、干草がこびりついている飼い葉桶に背中を預けて腰を下ろした。
 耳を澄ますと遠くの方で馬車が行き交う音がかすかに聞こえるのみで、この付近は沈殿したような静けさに包まれている。シャールを追うピドナの町に不案内なリブロフの兵士は、斜面の下がどうなっているのかわからないため、木を頼りに手探りで下りているのか、あるいは迂回しているのかも知れない。
 ほっとして目を閉じると、疲れがどっと出た。地面が回っているような気分の悪さを我慢しながら、シャールは今のうちにもっと遠くへ逃げるべきか考える。
 しかし、再び立ちあがる気力も体力も、今のシャールにはほとんど残されていなかった。右腕の傷も突き刺されたのが内側だっただけに、筋を傷つけられたのか何本かの指がうまく曲がらず、動かそうとするたびに鋭い痛みが走る。激しく体力を消耗する朱鳥の術も、むろん使えないだろう。
 もうろうとした意識の中で迷った末、シャールは覚悟を決めた。
 新市街地にはルートヴィッヒの配下の者が満ちているという。その者たちに見つかれば、今のこの体力で再び逃れることは不可能であろう。東の空が白み始めていたことから、じきに夜が明けることを知ったシャールは、この場で少しでも体力を回復し、明日の夜更けにでも、身を隠すのに適した旧市街へ向かおうと意を決したのである。
 目をつぶったまま辺りを探るとごわごわした布袋のような物が指先に触れ、シャールはそれを引っ張り寄せて身を覆った。ねずみの糞尿の匂いが鼻を刺したが、見つかるよりはましだと我慢する。が、今の状況のみじめさと、ルートヴィッヒへの怒り、誰よりも尊敬していた主君の死による悲しみが、改めてシャールの胸を締め付けた。彼にとっての唯一の希望は、クレメンスの一人娘ミューズの行方をルートヴィッヒがまだ掴んでいないらしいことであるが、ミューズを捕らえようとするリブロフ軍との混戦の最中、クラウディウスの者にミューズを託して追っ手を食い止めていたため、シャール自身もミューズが今どこにいるのかわからなかった。しかし、
「これ以上、おまえの好きにさせるか」
 シャールは目を開けて、暗闇に浮かぶルートヴィッヒの顔をにらみつけた。

作品名:ブロークン・ウイング 作家名:しなち