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ブロークン・ウイング

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 マイカン半島の南西端の小さな岬の切り立った崖の上に小さな灯台がある。
 灯台の足元に数人の騎兵がいた。
 クレメンスが絶大な信頼を置き、片腕とも頼りにしている近衛兵団攻撃隊長シャールも、リブロフ軍の無謀ともいえるこのたびの戦いに疑問を抱き、自ら斥候の名乗りを上げたのであった。
 潮風に銀色の髪をなびかせ、対面の崖にある砦をシャールは見つめていた。
 海上警備のための砦は、崖の上にある小規模ながらも堅固な造りで、めったなことでは攻め落とせないと言われていた。それが油断していたとはいえ、あっけなく攻略した優れた軍略と比べると、惨敗した近衛兵団との戦いはあまりにも劣弱なものであった。
 篭城とは、援軍を待つことによって初めて意味を持つ。しかし退却から一昼夜を経ても、海峡を渡るリブロフからの船は一艘も見当たらないという情報をシャールたちはすでに得ていた。
「見捨てられましたかな? リブロフの上層部にルートヴィッヒは」
 シャールは顔を上げて、同じように騎乗したまま砦に目を向けている老将を見つめた。この老将は若い時からクレメンスを支え、共に戦ってきたクレメンスの叔父で、今は近衛兵団の顧問軍師を務めている。
 数人の部下を従えて偵察の名乗りを上げたシャールに「ではわしも御同行しよう」と、重鎮でありながら気さくについてきたのであった。
 生真面目にシャールは答えた。
「どうでしょうか。もしこのまま援軍が来ないのであれば、リブロフ軍は内部分裂しているということですが、それにしてもあまりにも早過ぎる退却だと思います。我が軍はもちろんのこと、リブロフ軍の被害も少な過ぎます。戦っている最中も、まるで戦意を感じませんでした」
 納得のいく回答だったのか、老将は微笑して白いあごひげをなでた。
「わしもそう思うよ。ルートヴィッヒという若造がどれほどの人物かはわからんが、たちまちのうちにリブロフ軍団長にまでのし上がった男だ。無様な負け戦を喫して、このまま逃げ帰るとも思えん。クレメンス殿も、もたもたせずに一気に攻め落とせばよいものを」
 王座を巡るこの戦いは、正義と慈悲の名の元に行わなければいけなかった。砦を攻め落とせることができるだけの兵力を持ちながらクレメンスがそれをしないのは、少しでも無用の血を流すまいとする考慮からであろうが、それがクレメンスにとって枷になっているのも事実であった。
 主人である甥に対する手厳しい意見を苦笑して聞いていたシャールに、愚痴るように老将は続ける。
「おまけに今朝になってわしになんて言ったと思う? 自ら砦に出向いて、ルートヴィッヒと腹を割って話し合ってみようか、だと。敗将の元にのこのこ出向くなど、狂気の沙汰だと怒鳴りつけてやったわい。そんなことなら十年前に、宰相一族やファルス軍団にでもクレメンス殿をさっさと引き渡し、のんびりとグレートアーチで隠居生活を送っていた方が、よっぽどましだ」
 クラウディウス一族の宗家当主であったクレメンスの父親は夭逝していたため、この老将は亡き兄の代わりに、クレメンスの後見人としてずっとそばに仕えてきた。軍閥であるクラウディウス一門は、商業界においても大きな勢力を持っているが、この老人は特に軍人気質が強く、近衛兵団を指揮するクレメンスの功績の陰にはこの老将の助言によるものも多い。
 口うるさい癇癪者として近衛兵団でも有名な老将であったが、人柄の裏表のなさや、クレメンスをなによりも大事に思っていることなどで、シャールはこの老将に親しみを感じていた。そういう気持ちは相手にも伝わるのか、老将もシャールのことを何かと気にかけてくれているようであった。
 微笑みながらシャールは言った。
「しかし、公正なクレメンス様らしいお考えです。力で押さえつけるのではなく、義を持って相手を服従させようというのですね」
 老将は肩をすくめた。
「シャール殿とクレメンス殿に共通な欠点があるな。それは誠意に満ちた傲慢だよ。人の考えを変えることの難しさをわかっておらん。義ではなく、利というなら、まだ話は早いがね」
「そうでしょうか」
 不服そうにシャールは言ったが、老将は大きくうなずいて続けた。
「そうだ。そして、どんなに正しくとも、どんなに強くとも、負ける時がある。先年滅んだゲッシア朝を、シャール殿も知っておられるだろう?」
 うなずくシャールに老将は続ける。
「無敗の強さを誇ったあのゲッシア朝ナジュ王国でさえも、戦いに敗れ、滅亡した。そんな予測不能の事実を思うと、クレメンス殿の廉直さは危うく思える時がある」
 そのゲッシアを滅ぼしたのは神王教団と称する宗教団体だという。魔王も聖王をも超える神王なる者が世界を救うと人々に触れ、布教の拠点としてピドナにも支部を構えようとしていたが、世の混乱に乗じた邪教であるとクレメンスによって布教を禁止されたという経緯があるため、シャールも知っていた。
 じっと立ち止まっていることに飽きたのか、シャールの騎乗している鹿毛の馬が、蹄で土を引っかいた。老将が乗っている栗毛は耳をかすかに動かしただけで、超然と無視している。黙考していたシャールであったが、ふっと軽い笑みを浮かべながら老将を見つめた。
「正直廉潔なクレメンス様であるからこそ、ピドナの人々に敬愛され、大きな支持を受けているのです。すべて軍師殿のご薫陶の賜物でしょうね」
 その言葉に老将はいやな顔をした。シャールの言う通り、父親代わりとしてクレメンスを教育してきたのは彼であるからだ。だがすぐに苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「出来の良過ぎる生徒というわけだな。まぁ政治家としては通用せんだろうが、王となれば、きっと民は幸せだ」
 微笑みながらシャールは潮風になびく馬のたてがみに目を向けた。老将の言う通り、クレメンスが王になれば、歴史に残る名君になるであろう。
 クレメンスの戴冠式は確実な現実味を帯びて、目前に控えていた。

作品名:ブロークン・ウイング 作家名:しなち