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ブロークン・ウイング

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 その時、前方から、先に待機させておいた斥候が早駆けでまっすぐこちらに向かってくるのが見え、シャールは手綱を引いた。
 斥候は二人の将の前で馬を止め、その場で輪乗りしながら叫ぶように言った。
「申し上げます。この先に、リブロフの旗を翻した軍勢が隊列を組んで進軍して参ります。その数およそ、二千あまり」
 シャールと老将はそれを聞いて、ちらりと目を合わせた。
 やはり、退却は見せかけであったのだ。砦にいる千あまりのわずかな兵は注意をひきつけるための囮で、クレメンス軍が神経を尖らせて篭城しているリブロフ軍を見張る中、別部隊はすでに上陸させていたのであった。
「読み通りだな」
 ゆっくりあごひげをなでながら老将は言ったが、斥候が指差した北の空を見つめる眼光は厳しい。
 リブロフからの援軍は予想していた。予想していたからこそ、シャールたちは偵察に出ていたのだ。
 しかし、北から来ることは予想外であった。
 リブロフの町はマイカン半島南の海峡を隔てた対岸に位置するが、東のロアーヌや西のグレートアーチからわずかに海峡を越えるだけで、ぐるりと回りこむこともできる。局地的なだけでなく、世界的な視野から見たルートヴィッヒの広大な戦術に、老将は末恐ろしさを感じているのかも知れない。
 だがすぐに、余裕すら感じさせる口調で老将はシャールに言った。
「裏をかかれたらその裏をかくまでだ」
 力強くシャールはうなずく。
「はい。二千なら砦の兵と挟撃されても兵数はまだこちらが上です。陣形を整え、背後に対しての迎撃準備さえしていれば勝算は依然、我が方にあります」
 馬首を返しながら、シャールは満足そうにうなずいた老将に言った。
「すぐに本営に戻ってこのことを伝えて参ります」
「うむ。わしは実際にこの目で確かめた後、戻るとしよう」
 鹿毛に鞭を当てて、シャールたちは小高い丘の中腹に布陣した陣営に駆け戻った。
 クレメンスの本幕近くの内柵で下乗し、部下に手綱を渡すシャールを見ていた守備兵長が、怪訝そうな表情を浮かべながら近づいた。
「シャール様? また出ていらしたのですか?」
「なんのことだ? 私は今帰ってきたばかりだが」
「え? でもさっき……」
 不可解な問いに苛立ったシャールは先をうながした。リブロフの援軍が攻めてくるというこの時に無駄話をしている暇はない。
「それがどうしたというのだ」
 誰に対しても丁寧な精鋭部隊長が声を荒立てたことで、守備兵長はただ事ではないと察したのか口をつぐんだ。その時、
「シャール殿」
 シャールに気付いた護衛隊長の一人が、本幕の方から近寄ってきた。護衛隊長は青ざめた顔で肩を寄せ、衛兵たちに聞こえぬよう声をひそめて言った。
「……クレメンス様が、クレメンス様が、何者かに襲われ、命を落とされた」
 一瞬、何のことを言っているのかシャールにはわからなかった。
「どういう……どういう意味です? クレメンス様が命を落とされたなどと……そんな、そんなばかなことがあってたまるかっ」
 問いただすうちに憤りが沸いてきて、目の前に立つ隊長の胸倉を掴む。
「周りに誰もいなかったというのですか? 見張りは何をしていたのです?」
「天幕の中で何者かに後頭部を斬りつけられたらしい。先ほど軍医が死を確認した……。犯人は今探させておる。陣内にまだいるだろうから、じきに捕まるだろうが……」
 別の隊長がシャールの腕を掴んで言い、シャールは主な将校たちが本幕前に集まっていることに気付いた。すでに主君の死を聞いているのであろう。多くの者はどうしてよいのかわからぬように、沈鬱な雰囲気の中で茫然としている。
 後ろから斬られたということは内部の犯行である可能性も考えられる。クレメンスも将である前に一人の戦士である。見知らぬ怪しい者に、背中を向けたりはしないであろう。
 シャールは掴んでいた隊長の胸倉から手を離して額に手を当て、うめくように言った。
「リブロフ軍二千が陣形を組んで、灯台岬の北より南下してきております」
 その場にいた者はシャールの言葉を聞いて、みな凍りついたように動きを止めた。真っ先に動いたのは、年配の将校であった。
「こうしている場合ではない。すぐに退却準備だ。クレメンス様の死骸を敵に渡すわけにはいかん」
「それよりもこの場に踏み止まって迎撃すべきです」
「なによりも、このことが陣営内に漏れぬよう、戒口令を出すことが先決です。このままにしておけば軍に混乱を招くだけです」
 めいめいに意見を述べる将たちの意見を聞くうち、ルートヴィッヒの計画がシャールには透けて見えた。クレメンスの死を知っていたかのような周到な攻撃は、すべて、彼の計略であると思い当たったのである。でなければ、こんなに時期悪くすべてが重なるはずはない。
「戒口令を敷いても無駄でしょう。これは奴の仕業に違いありません。奴はこちらの士気を低下させるため、このことを高らかに喧伝するでしょう」
 今にもクレメンスの遺体のそばで泣き伏したい衝動をこらえ、落ち着いた声でシャールは言った。やるせない悔しさと怒りが胸に満ちる。
「最後の一兵まで戦うか、武器を捨てて降伏するかのどちらかです」
 しかしクレメンスが討たれた以上、勝負はついている。主君が討たれたと聞けば兵は逃げだし、そこから綻びていくように陣形は崩れるであろう。
 シャールの言葉で、重いため息がその場に満ちた。将の一人が怒りをあらわに剣を地面に叩きつけ、別の将が兜を外して天を仰ぐ。
「もう少しで、もう少しで勝利は我が手の中に落ちたものを……」
 戦勝気分から一転して、主君を王にしようと戦い続けた十年間の夢が、打ち砕かれた瞬間であった。

作品名:ブロークン・ウイング 作家名:しなち