伝説のヤンキー
マリーはほぉとため息をついた。
「大空先生、いや、伝説のヤンキー、助けていただきどうもありがとうございました」
マリーは深々と頭を下げた。
「い、いや。今回の件は、おれにも責任があるからあやまらないでくれ……ニセモノヤンキーはサッカー部の人間だ……」
搾り出すように大空先生はうめいた。それはマリーたちも分かっていたことだ。大空先生も犯人が誰だか知っていたのだ。
「手、ケガしたのかっ!?」
部屋に入ってからのマリーをはじめてゆっくりと見た大空先生は、傷ついた腕を見て顔色を変えた。
「大したことありません。もう血も止まっています」
「だめだっ、早く消毒しないと!おい、中島、救急箱!」
警備員さんに言いつけると、彼は手馴れた様子で救急箱を出してきてマリーの傷の手当てをしてくれた。恐らく伝説のヤンキーもケガが多いのだろう。ここはヤンキーの基地らしい。
女子三人は警備員室のソファに腰を下ろし、大空先生と向かいあった。警備員の中島さんは、見回りの時間だ、と言って出ていった。
「大空先生、『彼』をどうしたらいいでしょうか?」
マリーは、自分を襲ったニセモノヤンキーのことを問うた。
「恐らく、今頃は新聞部とフットボール部員たちが彼を捕まえたでしょう。大空先生だって、あれだけの威力でサッカーボールを『彼』にぶつけたのです。あれは許す気持ちなんてなかった…… 伝説のヤンキーとしたら、ニセモノは許せないはずです」
大空先生は厳しい表情で目をつぶった。
「許せないね…… おれはこれでもポリシーをもって仕置きをしてきたつもりだ。学園が少しでもよくなるように……生徒の手におえない悪が、力を持ちすぎないように頑張ってきたつもりだ。それを、自分の歪んだ欲望のために利用するニセモノヤンキーには、心底怒りを覚えたよ」
彼の目に小さな炎が燃えていた。
「『あいつ』は師走が一番許せなかったんだな。事のおこりは、もちろんワン・オン・ワンだ。すばらしいプレーをした師走の前にサッカー部の面目は丸つぶれだった。ばかにしていた女子に負けるところだったんだから。
次の日からは、サッカー部の顔だった宇集院の人気も地に落ちてしまった。それは部員全員の屈辱を意味したんだ、あいつにとっては。さあ、すぐにでも師走マリーに復讐したい! しかし、あまりに性急だと時系的にサッカー部との因果関係がバレる可能性がある」
「だから大屋さんを狙ったんですね。昔、宇集院を苦しめサッカー部の部費を少なくさせた女子相撲部のキャプテンなら、プチ復讐も兼ねて適当なカモフラージュ人材でしたものね。おりしも『伝説のヤンキー』が再始動していた時期だったんですもの。犯人になってもらうのにも丁度よかったんですよ」
ますみが理路整然と大空先生の後を続けた。大空先生もうなずいた。
「乙女会は宇集院の地位を脅かすので、ヤられた、と私たちは推理しているんですけど、先生はどう思ってました?『彼』とは実質関係ないですよね?」
「……いいや。乙女会は男たちのプライドを傷つけるんだよ。プライドじゃないなぁ、自信をなくさせる、というか……『あいつ』のように中途半端に男の自尊心を持っていると、とにかく許せないんだ。女性があのように力を持っていることがね」
「先生ってフェミニストの感覚するどいですね」
マリーは驚いた。
「人間心理の観察は教師には必須だからな。色んな観点で勉強してるよ」
「そのわりに、ヤンキーってのが分からないんです」
「うっせー 趣味は別だ」