伝説のヤンキー
ヤンキー現わる
次の日。
「みんな!マリーちゃんのサッカー同好会がフットボール部なったよっ」
みさえはクラスメートたちに声をかけた。
「わお、おめでとう~」「よかったね!」「なんだかんだ言っても、ここまで頑張ったなんてエライよね」「すごーい、師走さーん」
概ね、クラスメートたちの反応は良好だ。日本人はこういう時は、なぜか反射的に喜ぶ人が多い。こんな中、本人を目に前に堂々と「僕は素直に喜べないな」などと言える人は、KYか、却って冷静で勇気のあるカッコイイ人か、ものすごくイジワル力がある人か、いずれにしても個性がある人だ。
「ありがとう。よかったら、皆もまた練習を見にきてね。部員はまだまだ募集中してまーす!」
マリーの笑顔とオーラはやはり力があった。周りにいる生徒たちは、引き込まれてしまう。
「うん、うん。また差し入れもっていくね(by 料理部女子)」
「サッカーボール蹴ってる君の写真、写しに行ってもいいかな(by 写真部男子)」
「クラスの皆は、いつでもウェルカムです! 明日はお祝いをするんで、お友達も誘って、どうぞフットボール部の部室に来てくださーい♪ ちょっとした食べ物と飲み物なんかを出します!それをとりながら部員たちと交流してください」
おお!という歓声があがる。新生・フットボール部はマリーだけでなく、マドンナのななこや酢乙女あい、など一級の美人度が高い、という理由もあったし、今学園中を騒がせているトレンディスポットでもあった。
「マリーちゃん、明日の準備しておくわね。練習が終わったらチェックだけして」
みさえが声をかけた。
「ありがとう。今日は遅くなると思うんで先に帰っててね。用意は出来るだけでいいから、無理しないで。最終点検は私がやるから……ううん、私ひとりでやりたいんだ。…ここまでやっときたから……ごめんね、みさえ、私わがままだね」
「ううん。マリーちゃんは頑張ってきたもん。……うん、分かった。じゃあ私たちは先に帰っているから何かあったら電話して」
「うん。ありがと」
日も暮れて。
マリーが練習を終え、部室の電燈をつけると、折り紙や模造紙でポップにデコレーションされた空間が飛び出てきた。部室の中央に机を集めてロ(ろ)の字に配置してある。布をかけた机に明日は食べ物を用意するつもりだ。
ロ(ろ)の真ん中には、サッカーボールを入れるためのケージが置いてある。そこにサッカーボールをいっぱいに入れて飾ることに決めていたのだ。その為には今日、練習で使ったサッカーボールをきれいに磨く必要があった。
マリーは磨きはじめた。
ひとつ、ふたつ、みっつ……
磨かれたボールがケージに5つになった時、部室の電気が消えた。
ひゅん!
マリーはスイと首を傾けて、飛んできた物体を避けた。
そのまま、物体は後ろの壁に当たって大きくバウンドした。
物体はボールのようだ。
『サッカーボール?!』
後から後からボールは暗闇を飛んできた。かなりのスピードと威力のあるボール。当たるとタダですまないのは明白だ。そのうえ壁や机に当りバウンドしたボールはどこへ飛ぶか分からなかった。
気配をよんで暗闇を飛んでくるボールを避けていたマリーだったが、バウンドしたボールまで一緒に避けるのはさすがにむずかしかった。ガッシャン、窓ガラスが割れた。
「痛!」
降ってきたガラスがマリーの手を傷つけた。
「いい加減にしろ!」
男の声が響いて、ボールを蹴りつけていた人物に何かが当った様子がした。
うっ、という声と同時にその影は傾いた。
背中に当ったのだろうか、相当痛かったらしく影は息を吐きながら逃げはじめた。
その時、部室の明かりがついた!
「待て!逃がさないゾ!」
しんのすけが影を追いかけた。続いてトオル、竜子たち、忍が追いかけた。
新聞部とフットボール部の部員たちが、部室に現れた。
「あ、マリーちゃん、どこ行くの?」
ケガを気にもせず、影が逃げたのと反対方向に走っていくマリーに、みさえたちは驚いた。
高等部の校舎をつっきって、中等部をぐるりと抜けると初等部の校舎が見えた。
足が速い! 速度に自信のあるマリーでも、もうほとんど相手が見えなくなっていた。
マリーは影に向かって何かを当てた人物、いい加減にしろ! と言った人物を追っていた。
そして
百葉箱のあたりで人物を見失った。
ほとんど忘れられた百葉箱は校庭の一番隅っこにぽつねんとあった。周りはうっそうと広葉樹が立ちブキミだった。
「ふぅ、ふぅ、やっと追いついた~ マリーちゃんてば、足速いんだもん。携帯のGPS機能使って、やっとここまで追ってきたんだよー」
みさえとますみが懐中電灯を持ってやってきた。
「どうしちゃったのよ? 犯人を追い詰めずにこんなトコに来たりして?!うーなに、ここ?」
「……分からない、私を助けてくれた人物を追ってきたらここで消えたの」
「ぶ、ぶきみー え? マリーちゃんを助けた?」
「うん。ヤツにボールか何かを当てて助けてくれた。『いい加減にしろ!』って声、聞こえなかった?」
「ええー? そんな声したかなぁ? もう、夢中だったからね、見ていた私たちも」
「コラッ! だれだぁ、そこにいるのは! こんなトコで何してる!」
高い男の声がして、眩しい光が三人を照らした。サーチライトタイプの懐中電灯だった。
この学園の警備員だった。2、3質問された後、早く下校するようにマリーたちは叱られた。
「警備員さん、なんでここに私たちがいるって分かったの? 待機場所って近いの?」
マリーはとても気になっていた。
「ああ。そこの校舎の一番端っこに明かりがついているだろ? そこが警備員の待機所。おかしな明かりがチラチラ見えたんで見に来たんだ」
「ふーん…………」
返事をしてから2、3秒考えていたマリーは、不意に待機所に向かって走り出した。
「あ、ま、待て!」
ガラッ!!!!
待機所の扉を開けたマリーの眼に飛び込んできたのは、カップラーメンを啜っている大空先生の姿だった。
「えっ!?」
お互い、信じられないという顔で固まった。
「し、師走? ど、どうしたんだよ?こんな晩くに」
「大空先生、これって何ですか?」
ずずい、と部屋の奥に押し入り、床に放りだされた黒い物体を持ち上げた。それは学ラン、リーゼントのカツラ、ベルト、だった。
「いやー、なにかなー ははは、生徒の忘れ物かな? いや、けーび員さんのコスプレかもしれない、はははは」
じとーと見つめるマリー。
「へぇ、コスプレですか。じゃあ、そのコスプレをするけーび員さんの待機所で、なんで大空先生はこんな晩くにラーメンなんか食ってるんでしょうね?」
じっと見つめあう。大空先生はだんだんと気まずそうな顔になった。
「分かった、分かったよ! おまえの勝ちだよ。そうさ、師走の思うとおり、おれが伝説のヤンキーだよ!」
その時、戸口にやってきたみさえとますみは驚いて声が出せなかった。警備員の中島はあちゃーといった表情だ。
「やっぱり……」