伝説のヤンキー
燃えてヒロイン
フィールドの砂を一陣の風が巻き上げた。
ハーフウェイラインを挟んで、マリーはサッカー部のエース・宇集院 魔朱麿(うじゅういん ましゅまろ)と、真剣なまなざしを交わしていた。
宇集院は、サッカー部のエースでキャプテン、そして生徒会長でもあった。端正な顔立ちに180cm近い身長の彼は学園のアイドル。今年は全国大会で準決勝まで勝ち進んだのだから、ふたば学園サッカー部は名門だった。宇集院は大会で優秀選手にも選ばれている。
サッカー部に入部を認めてもらえなかったマリーは、ワン・オン・ワンの決闘をサッカー部に申し込んだ。
キャプテンと勝負して勝ったら入部をみとめろ、ということなのだ。相手にしなかった宇集院たちだったが、マリーの「負けるのが怖いの?」と言う挑発にのってしまい、引き受ける形となってしまった。
顧問の大空先生まで「やってみろよ」と言う始末。
「魔朱麿(ましゅまろ)さまー 頑張ってー」
魔朱麿ファンクラブを結成しているネネたちが、応援うちわを持ってかけつけている。
「魔朱麿(ましゅまろ)さまーあん 愛してるわぁん、こっちみてー」
しんのすけがバレリーナの女装をして踊っている。
「あんたっ、マリーちゃんの応援じゃないの?」
マリーちゃん応援団のみさえの横には、ますみ、トオルも控えていた。当然、取材を兼ねている。
「オラのお色気でマシュマロをメロメロォにする作戦なのぉ」
「それは一理あるかもね。あんたの姿見たら宇集院の気が抜けるかもっ」
「ひっどーい、部長」
くるくるくる、と回り続けるしんのすけ。
「いくわよ」
マリーがキックオフの体勢をとった。
「いつでもどうぞ」
宇集院は微笑さえうかべて余裕の表情である。
「部長、宇集院の弱点データが見つかりません。生徒会もサッカー部も長である宇集院が管理しているので『イケメンである』とか『全国模試5番だ』とか『Jリーグからスカウトが来た』とか、どうでもいい事ばかり書いてあります」
ますみはノートパソコンを持ち出して相変わらずハッキングしている。
「うう~ 生徒会員として会長を応援するか、密かに恋してるマリーちゃんを応援するか…どうすればいいんだ‥‥ああ、ボクはなんてハムレットのようなんだ!」
トオルは頭を抱えてうなっているが一応カメラは首から下げている。
この勝負、15分内に沢山ゴールしたほうが勝ち。先行はマリーだった。
ストレートなドリブルで相手コートに切りこむマリー。MFポジションにまで来た頃、宇集院が動いた。最初の対決だ。ボールを足の間に挟んだマリーは、そのまま片足の後ろにボールを隠し、さっとバックを向いた。軽いフェイントだ。
しかし宇集院は驚くこともなく、コースを読んでカットをした。
そのまま宇集院は相手コートにボールを進めようとするも、マリーもサッと前に立ちふさがる。
「すごいな!翼!」「いや、石崎くんこそ!」
「ふたりとも真剣に戦ってるのに、いまさらのキャプツバごっこは止めなさいっ!……でもなんで岬くんあたりじゃなくて、石崎くん?微妙……」みさえがクビをひねる。
何度も小競り合いが続く。レベルの高いフェイント、カット、ドリブルテクニックが周りを驚かせていた。宇集院の顔からも余裕の笑みは消えていた。
マリーはうまい!!!!
誰もが認めた。
「マリーちゃーん!!! がんばれー」
しーんとした中、しんのすけの声援が皆を我に返らせた。
「どっちもがんばれー」
「魔朱麿(ましゅまろ)さまー」
2人ともなかなかゴール近くまでボールを進められない。時間が過ぎる……
その時だった、ふわり、とボールが宇集院の目の前に浮き上がった。そのままボールはゆっくりと彼の頭を越した。
マリーがチップ・キックでボール蹴り上げたのだ。十分に宇集院を下半身アクションでひきつけておいた後だったので、誰もが驚いた。
意表をついたマリーは、宇集院のバックに回り込むとそのままゴールしてしまった。
「ゴぉぉぉぉーーーーーール!!!!」
ゴールしたボールを走って拾い上げると、片手をあげフィールド内を歓喜のポースで走り回った。
しんのすけが。
「やった、やったー」
みさえたちも大騒ぎだった。
「まだ勝負は終わってない。ボールをかえしてくれないか」
口ぶりは穏やかだったが、明らかに宇集院は動揺していた。
残り2分。
またもやマリーが宇集院からボールを奪った。宇集院は思わず強引な手に出た。そうでもしないとこのままでは負けてしまう。
マリーを上手に近くにひきよせて、肩で押した。試合中の格闘が激しくなったときにしかやらないショルダー・チャージだった。力としては微妙で、反則をとるほどではない力だ。試合ではないので審判はいない。立会いはサッカー部員の郷(ごう) 剛太郎(ごうたろう)だったので反則を取る気もないようだ。
だが、明らかに男子より体重の軽いマリーが体勢を崩して転がるには十分だった。
「きゃあ」
「マリーちゃん!!」
観衆はどうしても女性であるマリーに同情的だった。
そのまま宇集院はゴールを果たした。
しかし、見ていた者たちはシラけてしまっていた。終了のホイッスルが鳴った。
「……ちょっと……なぁ」
「あれはやり過ぎじゃないの?」
「仕方ないだろ、男子に試合を挑んだのは師走だぜ」
「しょせん女は男と対等に試合はできないのさ」
「どういうこと!?師走さんは勝負では負けてないわよ!」
見ていた生徒たちは、なぜかオトコ対オンナになってグチグチとケンカをするハメになった。
「ごめん。ちょっと熱くなりすぎちゃったよ。ケガない?」
勝負後、宇集院はマリーにあやまった。
「なんであやまるの? 試合中のプレーなんだから、宇集院くんは悪くないよ。あれくらい反則だと思わないし……吹っ飛ばされるような体をしている私がダメなのよ」
「でも……」
「私が女だから?それが理由であやまるのなら失礼よ。私に対しても、サッカーに対しても」
みんなポカンと見ているだけだった。
「ああ。私サッカー部にはもう入らないから、安心して」
後ろ手に手を振ってマリーは運動場を後にした。
「ああ。私新聞部なんてもうお休みするから、安心して」
「そんな事言うために、おのれは今までおったんかい!?
でも……今日の試合はラクなネタになると思ったんだけどな……けど、こんなの……どうやって書けばいいのか分からない」
みさえがつぶやいた。
「ええ、わかります。でも、今日の記事はきっと学園にとって大事な出来事だと思います。部長、がんばりましょう。手伝いますから」
ますみはみさえの肩に手をおいた。
「うん。ありがとう」
ふたりが見上げた空に、春の夕焼けが美しく広がりはじめていた。