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伝説のヤンキー

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狙われたマリー



 それから何ごとも無く数週間がたった。

 初夏に向かって学園はさわやかな風にふかれ、生徒たちも〝伝説のヤンキー〟事件の話題を忘れかけていた。

 新聞部では色々と推理をしてみた。サッカー部、とりわけ宇集院を中心に事件を洗ってみたが、大屋主代の件はともかく乙女会との関連はさっぱり分からなかった。


 そんななかサッカー同好会に、ケージいっぱいの練習用の新しいボールと部員用のユニフォームが届いた。

「わぁ、すごい、すごい!これで本格的に練習できる」
 神田鳥 忍が真新しいボールたちを手にとって笑顔を見せた。

 満足気に眺めていたマリーに竜子は心配そうに声をかけた。
「でも、いいの?キャプテンんちにこんなに負担かけて?」

「いいのよ。うちは教育費にはお金をかける主義だから」
「これ、教育費になるのか?」

 竜子は首をひねった。だが、こうやってボールとユニフォームを眺めていると何だか嬉しくなってきた。今までスケバンとして頑張って?きたが、高校生らしくスポーツをして周りに認められるのも楽しくなってきていた。何より仲間が増えたことが嬉しかった。


「あとはメンバーだね。師走さん」
 と、ハスキーヴァオイスの中島先生。彼女は学園でも有数の美人教師で30歳代なかば。整った容貌をしているのに、性格はおっかさんタイプで「あははは」と笑って男性を尻に敷くタイプだった。


 今日はサッカー部の大空先生を誘って部室に来ていた。大空先生もかなり異色、体育担当。年は中島先生と同じくらいで恐ろしく能天気な性格。個性のキツいサッカー部員たちをまとめて、よく全国大会になど行けたものだな、と誰もが思っている。


「いいなー ボクもこっちの顧問になりたいなぁ。美人がいっぱいいるしさ。ねぇ、中島先生、顧問交代しない?」

と、こういう具合なのである。

「いや~ん、おゾらセンセってばぁ。オラたちが美しいからってワガママ言わないでぇ」

「おっと、野原からダメだしだ! オマエたちから中島先生は取らないから安心しろ」
 気が合うしんのすけ&大空先生だった。


「キャプテン、人数揃ったら何部として申請するの? サッカー部はもうある……」
「へっ?」
 ボーちゃんに突然言われてマリーは困った。口々に部員が発言し始めた。


「第二サッカー部ってのは?」「なんかこっちが二番煎じみたい」「元祖サッカー部、もしくは本家サッカー部ってのは? ププッ」「面白いけどねー」「サッカー部´(ダッシュ)ってのは?」「それこそ、まがい物っぽいよ」「新・サッカー部とかは」「うーん」


「フットボール! アソシエイション・フットボール部!」

 マリーは高々と右手を上げて叫んだ。左足の下にはサッカーボールを挟んでいた。


「フットボール部!?」
 皆がいっせいに声を上げた。


「幸いにして、ふたば学園はアメリカン・フットボール部がないし、ラグビー部はラグビー・フットボール部と言ってないでしょ? だから、フットボール部でいいんじゃないかな?イギリスやフランスはサッカーのことフットボールって言うよ」

「おお!師走は物知りだなー」
 大空先生が感心する。

「いいんじゃない?フットボール部で」
 中島先生も満足げだ。

「よーし、そんじゃ新生フットボール部員たち!中庭までドリブルだ」
「おー」

 忍の掛け声に合わせて、各自で持てるようになった新しいボールを蹴りながら部員たちは部室を出ていった。

 マリーは期待に胸を膨らませた。この調子なら新しい部員も、案外早く見つかりそうだ。カッコいいユニフォームと新しいボールを持った部員たちからはオーラが出ていた。夢と自尊心を取り戻した人間は輝きを増す。そして、それは人をひきつける。


 しかし、それはマリーへ魔の手が伸びるはじまりでもあった。


 ある朝のこと。

 みさえたちが登校すると下足場に生徒たちが沢山いて騒いでいた。話を聞くと下足箱にあった上靴がそっくりみんな盗まれた、というのだ。

 なるほど。みさえたちの上靴もみあたらない。

 これはどういう事なんだ。
 皆がざわざわとしているなか、非難めいた声が響きわたったのはその時だった。

「どうして師走さんだけ、上靴があるのよ!?」
 生徒たちは一斉にマリーのほうを向いた。

「え?!」
 きちんと上靴を履いたマリーはいつもどおりの制服美少女だった。

「ま、マリーちゃん!上靴あったの?」
 なぜか、みさえの方が焦った。

「ええ? 何かあったの?」
「みんなの上靴が朝きたらそっくり無くなっていたのよ」
「ええ!?」
 そこで、やっと皆から冷たい視線を浴びていたことをマリーは実感した。


「ヘンでしょ? ね、ヘンよね? マリーちゃんは全く知らなかったんだものねっ」
「……うん」

「ほらっ、ね! マリーちゃんも、この状況は分からないのよね。あはははっ、全く誰かしらねー、こんなイタズラするのって。困ったもんだわ、はははは」
「あ、あたし……」

「オラオラ~ オラはスリッパ星人だぞぉー オラが欲しいなんてエッチな奴はスリッパ光線だー とぉ!」

 来客用のスリッパでコスプレしたしんのすけは、いっせいに生徒たちに向かってスリッパを投げ始めた。生徒たちは急に我に返ると、それを拾い自分たちの足に履きだした。

 その間にみさえはマリーをひっぱって新聞部の部室に逃げ込んだ。



 生徒たちの大量の上靴はその後、裏庭で発見された。

 次はテスト問題漏洩事件だった。

 実力テストまであと数日というある日。マリーの机の中にある問題用紙が入っていた。4ツに折られたその問題用紙をチラっとみたマリーは、誰かが間違えて自分の机に入れたのだろう、と思い担任にその用紙を届けた。

 しかしそれは、今度のテストに出る数学の問題だったのだ。
 職員室では大騒ぎになった。

 マリーに全くあやしい所はなかったが、心よく思わない教師も出はじめた。時間がなかったのでそのまま実力テストは行われたが、数学の点数は抜きにして順位を決めることになった。成績のよいマリーはかえってヤブヘビだった。他教科の結果さえも問題漏洩によるものではないか、と疑惑を持たれるようになったのだ。


 なにかがマリーを陥れようとしていた。



「いったい誰なの‥」
 新聞部、兼、フットボール部の部室でマリーは思わずため息をついた。

「元気出して、マリーちゃん。……新しい部員も入ってきて、明日はクラブとして生徒会に申請するんでしょう?」
「うん」

 新しい部員としてナゼか、酢乙女あい、とその従者の黒岩、そしてマサオが入部を希望してきた。乙女会は活動休止を余儀なくされてしまったので、しんのすけ目当てのあいはフットボール部に入部してきたのだ。

 マサオはボーちゃんに誘われて断れなかったらしい。しかし、フられながらも思いを断ち切れない酢乙女あいが同時入部してきたのでラッキーともいえる。


「マリーさんの件も、ニセモノヤンキーがやったと考えてみたんです」

 何かをジッと考えていた、ますみが不意に口を開いた。みさえとマリーは驚いたように彼女をみた。

作品名:伝説のヤンキー 作家名:尾崎チホ