りんごのさきに
3
小さな家の中。
自分以外の気配が、目の前に座っていた。
わざわざ、友達のカイルを尋ねてまでやって来た。話を聞いて欲しいとのことだったので、聞いた。もう夜遅く、外も暗くなっていたので、泊まることを勧めた。たんたんと、目の前のことを片付ける。セザンにだった頃のように。けれど、その時とは少し違うような気もして。その違和感をはっきりとは表現できない自分が不思議だった。
しかし問題があった。
一人で暮らしている家。ならば寝るとなったら、当然布団は一つで。
俺は譲るが、エリンも承諾するはずもなく。
ならばと物置から古い寝袋を取り出して床に出すと、エリンも同じように物置から使えそうな布を集めて床に広げてしまった。外で寝るのは慣れていますし。エリンはそう言って笑った。
空っぽになった布団だけが、取り残された。
***
「それで?」
「……互いに、自分の想いを伝えた。俺が言ったのは、共に居るべきではないという言葉だった」
ふつうの暮らし。そんなものが、出来るはずはないと。
惹かれていることは分かった。だからなおさら、自分が近づくべきではないと。
「結局、無駄だった」
俺はふっと笑いをこぼす。苦いような、懐かしいような、そんな思い出。
俺の臆病な思いを知ってもなお、気持ちは止められないと、そばに居たいのだとエリンは言ってくれた。
離すことなど、出来なかった。
そして、その結末は、まだ訪れていない。
エリンが消えてしまったとき、自分の弱さを、無力さを嘆いた。いっそ同じところに行けばいいと思ったほど。
だけどジェシが居た。そしてジェシが、俺の人生にまだ意味があることを教えてくれた。
「それで、いつ産まれそうなんだ?」
「気が早いって。まあでも、孫の顔見るまでは、父さんもちゃんと生きてくれよ」
「そう簡単にはくたばらんさ。……お前が生きていてくれて、本当によかった」
それから言葉は交わさず、静かな部屋の中で少しずつ酒を飲んだ。