いつか宇宙人とバスケ、テレフォン、インタビュー
おれはときたま考える。宇宙の膨張のこと。
「ワンコールで出てくれるなんて、青峰っちなにそれ、愛っスか?」
「うるせえ」
「待って、切らないで!」
慌てて言ったら叫ぶみたいな声音になって、必死すぎって青峰っちが笑った。受話器越しの声は少しざらついてて、おれはじつは、電話口ではいっつも、泣きそうなくらいどきどきしてる。
夜風がひゅうひゅう、すこし強い。おれは部屋の電気を消したまま、はだしでぺたりとベランダに立っていた。星のきれいな、空気の濃い夜だった。しっとりした夏の夜が、下のほうで、街明かりとゆるくとけあっている。
「今日ね、おれ、写真集の撮影してきたんス。それで部活、出なかったの」
「へえ」
「青峰っちはなにしてたんスか」
「バスケ」
「そればっか」
「うるせえ。つーか、なにおまえ、外にいんの?なんかやたら風の音みたいなの入んだけど」
「あ、ごめん、ベランダ。うるさい?」
「いや、いいけど」
けど、なんだ。おれはじっと押し黙って、なんとなく星を見ていた。きらきらきらきら、青峰っちからも見えるんだろうか。
「青峰っちは、外?」
「いや」
「ふうん」
青峰っちからは、いつもあんまりたくさんのことばは返ってこない。おう、とか、いや、とか、バスケ、とか。たまに沈黙とか。簡潔。
前は話を聞いてるんだかわからないで焦ったりしたけど、いまでも焦るけど、でも、聞いてないならおれが何回でも言えばいいんだって気付いてからは、簡潔でもわりとおだやか。
「外はねえ、風が強いっすよ」
沈黙。
モデル業がちょっと忙しくなってきて、でもおれまだ中学生だし、しょうがないから帰りが大変なときだけ内緒でねっていう条件で使わせてもらうこの部屋は、事務所の備品のくせにけっこう高い階にあってちょっとなまいき。
街のあかりを見るにはうってつけだから、おれはわりと気に入ってるけど。
青峰っちの家もこの街明かりのなかのどれかひとつで、それはいま、夜空とじょうずに混ざっているんだろう。
おれは白い手すりに身を乗り出して、青峰っちの家を探すみたいにして街をながめた。夜は広く広くむこうのほうまで連なっていて、いま、おれはそのなかの青峰っちを探している。
けど、たとえばいま、命かけてもいいけど、青峰っちはそんなことはしてない。たぶん天井とかみてる。おれが青峰っちを見つけても、青峰っちからおれは見えない。宇宙の法則っていうのは、たとえば、そういうことだ。
「青峰っちー、いえーい、見てるっスかあー?」
「……おまえ、どうした」
「ちょっとテンション上がっちゃっただけっス」
無理矢理あげたくせに、おれってば。だって、そんなんいつもと変わんないじゃん、なんて。思わなきゃよかった。
でも、おれが宇宙のことを思うのは、きまってこういうときだ。
「ねえねえ青峰っち」
「あんだよ」
おれはときたま考える。宇宙の膨張のこと。
そう。たとえば、地球には何十億って人がいて、宇宙はいまこの瞬間も広がってるらしい。
そんで、その中で、青峰っちがこれからどれだけたくさんの人とバスケをするかもしれないし、おれはこれからもいろんな人と仕事して、出会って、別れていく。
雑誌に出て、もしかしたら映画とかも出て、たぶん何千人とか何億人とかいう人と関わっていく、それがおれの人生だ。青峰っちには青峰っちの人生があって、おれにはおれの人生があるって、そういうこと。
(けど)
それでも、と思う。それでも、あの日のおれを救ってくれたのは、あの日の青峰っちだけだよ。
これから先、どれだけたくさんの人と出会って、別れて、いつか地球があふれたって、宇宙がいくら広がったって、青峰っちだけが、おれにバスケをくれた人なんだよ。
――ふいに泣きそうになった。
「ね、宇宙人とバスケしたら、勝てる?」
「はあ?」
「1on1でいいっス」
「誰が相手でも勝つに決まってんだろ」
力強く宣言してから、おまえまじいみわかんねーって受話器越しにくつくつ笑った。ざらついた声。まったくわかってないくせに、勝つってことばだけがちゃんとほんとうだった。それが。そういうところが。
あるいは、青峰っちの才能を、地球がいつか持て余すってことが。
「おやすみ」
「あぁ?寝んのかよ、急だな。おやすみ。あ、黄瀬」
「はい?」
「体冷えっから、あんま、外出てんなよ。じゃな」
電話口がしずかになる。おれは夜風にひゅうひゅう抱かれたまま、青峰っちがいるだろう街明かりを呆然と見て、そのあと星がきらきらしてるのを、やっぱり呆然と見た。
いつか。地球がきゅうくつになって、宇宙の果てまで行ったとして。そうしたら、きっと、足が何本もある人とか、痩せてて背が高くて銀色の黒目がちな人とか、そういう人と、青峰っちは1on1をするんだろうか。
宇宙人と1on1。星を越えて、きらきら、青峰っちが、いつか宇宙で1on1。おれはそのとき地球で、誰となにしてんだろうね。
作品名:いつか宇宙人とバスケ、テレフォン、インタビュー 作家名:まひる