雨風食堂 Episode4
「えぇとぉ……、ハルは喉が渇いたのでお水を飲もうかと思って来たんですけど……。お二人こそどうしたんですか?」
「私は明日の朝ご飯の下ごしらえをしてたんだけど、そうしたら山本君がお夜食を探しに来たって言うから、おにぎりを作っていたところなの。そうだ、ハルちゃんも食べる?」
にっこりと微笑む京子の手元には、いつの間にか結構な数のおにぎりが並んでいる。よく見れば、明らかに山本一人で食べきるような数ではない。そう思った山本の心の声でも聞こえたのか、京子は肩をすくめて照れ臭そうに笑う。
「話をしながら無意識に手を動かしてたら、つい作りすぎちゃった。ほんとはこんな遅くにご飯食べるのは絶対ダメだけど、私もなんだかお腹空いてきちゃったし、もしよければ、ハルちゃんも一緒に食べようよ。ね?」
「はひ! そういうことでしたらハルもお付き合いしますよ! 二人で食べれば怖くない、ですね!」
山本にはわかるようでわからない理屈だったが、京子には十分通じたようだった。一見しただけで全然違うタイプの二人なのに、これが意外なことに不思議とウマが合うらしい。二人だけで会って遊びにいくこともしばしばあるのだと聞いたときは、一体この二人でどんな会話をするのだろう、と疑問に思ったものだ。
京子がおにぎりを大きめの皿に並べて机に運んでくる間に、山本はせめてこのくらいは、と人数分の湯呑にお茶を淹れた。ほこほこと湯気を立てるお茶とおにぎりに、ほんわりと気持ちがなごむ。やはり日本人としては、どこにいてもこの感覚が一番なじむらしい。
「うわ〜、とっても美味しそうです!」
「だな! 笹川、サンキューな」
「いえいえ。じゃ、冷めない内に食べよっか」
三人で、いただきます、と声をそろえて両手を合わせる。ここに来るまではまったくこんな予定ではなかったのだが、思っていたよりもずっとしっかりとした夜食にありつけた山本としては、ありがたいことこの上ない。
――――ごめんなー、ツナ。
こっそりと心の中だけで謝って、さすがにもう寝ているだろう親友の顔を思い浮かべる。別に抜け駆けでも何でもないのだが、わざわざおにぎりを作ってもらっただけでなく、こんな風に一緒に食べたりしているということを知ったら、さすがにあまりいい気分がしないのではないか。
――――そーいえば、こいつら二人ともツナのことが好きなんだっけ?
ハルはいつでも大声で綱吉への愛をあふれんばかりに叫んでいるので否定しようがないが、果たして京子の方はどうなのだろうか。山本は本人の口からそういう話を直接聞いたことはないのだが、見ている限りでは、まるきり見込みがないという感じでもない。
綱吉から相談を受けているわけではないので、自分が首を突っ込むことではないけれど、ふと思いついた疑問を、山本は何気なく口にしてみた。
「なぁ。お前らってさ、ツナのどういうところを好きだなって思う?」
何の脈絡もない山本の質問に、女子二人は、一瞬きょとんとして顔を見合わせた。だがハルの方はすぐに我に返ると、祈るように胸の前で両手を組んで、うっとりと瞳を輝かせた。
「そんなの決まってるじゃないですか! す、べ、て、ですよ〜!」
「いや、それは知ってるけど、できればもうちょい具体的に」
「えーっ? うぅ〜ん、そう言われると悩みますけど……、やっぱり何と言ってもツナさんの最大の魅力は、やさしいところ、でしょーか」
ハルの答えを聞いた山本は、今度は京子の方に笑顔を向けて、答えを促した、京子は少し困惑したように俯いていたが、やがて気恥ずかしそうにぽつりと呟いた。
「私も……、ハルちゃんと同じ、かな?」
「やさしいところ?」
確かめるように問い返すと、京子は無言ではにかむんで、こくりと小さくうなずいた。そんな仕草がひどく可憐で、ああやっぱり女の子なんだな、と当たり前のことを思った。
「でも山本さん、どうして急にそんなことを訊くんですか?」
「どうしてって言われてもなぁ……。まぁ、なんとなく? 男の目から見るのと女の目から見るのって、どんな風に違うもんなのかな、ってちょっと興味が湧いただけ」
「じゃあ、山本君も教えてくれなきゃ不公平だね」
「……って、え、俺?」
まさかそんな風に切り返されるとは思わず、驚いて自分で自分を指さすと、京子の言葉に便乗するように、ハルもにこにこと上機嫌で挙手しながら主張してきた。
「はいはーい! ハルも京子ちゃんに賛成でーす!」
興味津津、といった様子の女子二人の眼差しにさらされて、山本は苦笑しながら頬を指でかいた。
――――ツナのどんなことろが好き、か……。
自分で質問をしておきながら考えたことがなかった問いに、山本はしばし悩んでみたものの、結局思いついたのは彼女たちと同じ結論だった。
「やっぱ………、俺も同じ、かな」
改めて口にするのは、なぜだか少し面映ゆい。自分は綱吉のようなやさしさを持ち合わせていないし、彼のようになりたいとも思わない。だが、そのやさしさは自分の中で、とても尊いものなのだ。
「ツナが、ツナのやさしさで傷ついたりしないように、少しでも守ってやれたらと思うよ。………って言いながら、本当にいつも守られてるのは俺らの方なんだけどな」
綱吉のやさしさは彼の弱さで、臆病な心の表れでもあるけれど、気付けば最後には、そのやさしさに守られている自分の存在に気づく。あの不思議な感覚を、山本はうまく言葉で説明することができない。
「じゃあ、ツナさん大好き同盟の結成ですね!」
「………えーと、でも俺男なんだけど」
一応山本はそう主張してみたけれど、愛に燃えるハルには届いていないようだった。目をキラキラと輝かせ、拳を握りしめて力説する。
「ノープロブレムです! 愛は人種も国境も性別も超えるのです! ラブイズミラクル!」
もう何でもいいか、という気になった山本は続くハルの熱弁はそこそこに聞き流すことにした。ふと傍らを見たら京子と視線がぶつかって、つい顔を見合せて笑ってしまった。すると、急に示し合わせたように笑い出した二人に、ハルも慌てて舞い戻ってきた。
「はひー! 二人して笑ったりして何の話をしてたんですかっ! ずるいですハルにも教えてください〜!」
「別に何の話もしてねーって。なぁ、笹川?」
「本当だよ、ハルちゃん。偶然目があって、何となく笑っちゃっただけ」
拗ねるハルの機嫌を取り繕うように、京子はあれこれと新しい話を始めていた。テーブルの上はというと、三人ですっかり平らげたおにぎりの山は残骸さえ残さず、目の前にはまっ白い皿が置かれているだけだ。山本は湯呑の中に残ったお茶を飲み干すと、ようやく重い腰を上げた。
「じゃ、俺はそろそろ修行の方に戻るな。笹川、ごちそーさま。ハルも、あんま夜中に騒いでると、チビたちまで起きてきちまうぜ」
そう言ってから、しぃ、と指を唇の前に立てて見せる。りょーかいです、と大真面目な顔をしながら小声で返してきたハルに笑って頷き返すと。今度は京子へ視線をやる。何か物言いたげな表情だな、と思ったけれど、どう訊ねたらいいものかわからず、山本はしばし逡巡した。
「………どうかしたか?」
作品名:雨風食堂 Episode4 作家名:あらた