【腐】君を探す旅・3(完)【西ロマ】
無言で連れられたスペインの屋敷。玄関の鍵を郵便受けから取り出し、ドアを開けた男に無言のまま腕を引かれる。ここにきてようやく財布と携帯が入った鞄をイギリスの屋敷に置いてきてしまったことを思い出し、ロマーノは逃げ道が塞がれていることに気付いた。
(携帯の充電は切れてるけど、財布が無いのは辛いな)
更には現在の服がパジャマ。さてどうしたものかと、頭が痛くなる。目の前の男は何故か怒っていて、会話の糸口が見つけられなかった。
「す、スペイン……」
「ロマーノ」
とにかく理由を聞かなければ対応も出来ない。恐る恐る声を掛けてみれば、応接室で腕を解かれ真っ直ぐに見つめられた。こちらを射抜くような瞳は揺れていて、ついさっき見ていた子供の顔を思い出させる。
(これ……、泣く前の顔だ)
あの子供の泣き顔は何度も見た。その兆候も覚えており、ロマーノは確かにスペインがあのアントーニョであると確信する。そのせいか感情が引きずられ、ついあの子供に話すように声を掛けてしまった。
「泣くなよ、ピアニョーネ」
過去へ行くまでは気付けなかった、彼の兆候。それに気付けた嬉しさで調子に乗り、癖になった動きでスペインの頭を撫でてしまう。
あ、そういえば自分は彼に振られていたんだった。
直ぐに思い出し手を止めるが、スペインは目を見開いたまま何も言わず固まっていた。
(やべぇ、気まずいぞちくしょうめ。何か言えよー!)
そっと手を引き、顔を逸らす。視線が外れた隙をついて、スペインはロマーノを抱きしめた。
いつもの暑苦しさは無く、ただここに居ることを確かめるようなハグ。優しい腕と暖かな体温は薄いパジャマを通して伝わり、ロマーノの体から緊張を奪っていく。
「何なん……もう、ホンマ」
「スペイン?」
「……言ってた通りやね」
スペインは震える声でそう言うと、ロマーノの肩口に自身の目を押し当てた。じんわりと布に伝わる水の感触。小さく震える体。何故かは分からないが、彼が泣いていることに気付いた。
(スペインが……俺の前で泣いてる……)
あんなに、頑なに。
自分の前では親分の顔を崩さなかったスペインが。
今、目の前で泣いている。
そう気付いたとたん、胸から芽吹く想いがあった。勢いよく体内を走る息吹はロマーノの体を震わせ、下ろしたままだった腕を勝手に動かす。両手を彼の背中に回すと、今度はこちらから抱きしめた。
「もうどこにも行かんといて」
涙のせいか鼻声になっている声はか細く響く。腕で触れる筋肉は大人のそれなのに、ロマーノの脳裏に浮かんだのは、先ほどの別れだった。
「行かねーよ」
スペインに必要とされる限り、傍に居る。
泣きたい時は、こうして抱きしめてやる。
もう自分は何も出来ない子供ではないのだから。
暫く抱きしめていると、鼻をぐずぐずしながらスペインは顔を上げる。汚れた顔を気にすることなく、濡れた瞳でロマーノを見つめた。
「あんな、ロマーノ。前も言ったけど、俺、忘れられへん人がおんねん。でも、ロマーノも失いたくないんよ」
どっちを選べばいいのか分からない。
でも、ロマーノを手放せない。
どうしたらいいのか分からないと、また瞳に涙が浮かんでくる。スペインの切々とした告白を聞き、ロマーノは体中の血が沸騰したような気がした。
(何の問題もねーぞコノヤロー!)
以前聞いたときはあんなに嫌だった昔の人の話だったが、正体を知った今となっては喜びしか浮かばない。昔も今も、スペインが大切にしているのは自分だという事実が、ロマーノの顔をにやけさせた。
「笑わんといて」
「ご、ごめ……。なぁ、どっちかじゃなきゃ駄目なのか?」
酷いと頬を膨らませる子供っぽい仕草に、可愛いという感想しか出てこない。目の前のスペインと過去のアントーニョが綺麗に重なり、そうだ、この男は本当に可愛い男なのだと納得した。
「どっちも大切じゃ駄目なのか?」
ロマーノの言葉を受け、スペインはその発想は無かったというような顔をする。だがすぐにハッとすると、「どっちもって狡いやん」ともごもご否定した。
流石にあれは自分でしたとは言えないし、でも板挟みになっているスペインに身を引かれても困る。何とかこの話を上手く纏めようと、ロマーノは知恵を絞った。
「お前の愛ってそんなもんなのか? いつも暑苦しいお前の愛情で、二人くらい纏めて愛せよ」
「そんなん……ロマはそれでええの?」
「『今』好きなのは俺だけだろ?」
スペインの特別が自分以外じゃなければいい。
背中に回していた腕を外し、目の前の男の両頬を挟む。わざとからかうようにぐにぐに揉んでみると、スペインは苦笑しつつもされるがままになっていた。 逃げる様子のない姿に、ちょっとだけ気分がよくなっていく。自分への愛情を否定しない男の様子は心地よく、彼に本当に愛されているのだと実感が持てた。
「俺だってお前じゃなきゃ駄目なんだ」
愛されているという何よりも素晴らしい自信が、ロマーノの口を滑らかにする。あの日失恋の予感に苦しみながら告げた言葉を、今微笑みながら口にした。
「愛しているよ、アントーニョ」
澄み切った静かな愛情が、美しい音になる。泡のような儚さの言葉は、スペインにしっかりと届いたようだった。
「俺かて愛してるで、ロマーノ」
ロマーノの手を逃れ、スペインの顔が迫ってくる。言葉の代わりに何度も繰り返し唇を重ね、存在を確かめるように抱き合った。
作品名:【腐】君を探す旅・3(完)【西ロマ】 作家名:あやもり