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【C83】新刊サンプル「別れの雨」【腐・西ロマ】

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「……そっちが先に名乗れよ」
 祖父の寝物語を思い出す。闇の生き物に弱気は禁物。そこに奴等は染み込み、内側から破壊すると言っていた。
 ヴァンパイアという上位魔物に怯えつつ、ロマーノは必死に彼の瞳を睨み返す。背中に庇った弟が怯えずに済むよう、目を覚まさないでくれと心の中で願った。
 そんなロマーノの態度に目を丸くし、ヴァンパイアは声をたてて笑う。まさか十歳程度の子供に強気に出られるとは思わなかったのだろう。彼の顔に怒りは無く、ただ愉悦を伝えるだけだった。
「ははっ、顔はかわええのに生意気なお子様やね。……まぁええか。俺は『スペイン』や」
「ロマーノ」
 念の為、家名である『イタリア』は伏せておく。祖父の名声で広がった家名を知られていると危険だ。
「あんなぁ。俺、前から考えとったんよ」
 掴まれたままの手を揉まれ、傷口に新しい血が滲む。それを嬉しそうに舐め、スペインと名乗る男は一方的に語り続けた。
「俺らは血を飲まんと生きられん。でも、こっちにも選ぶ権利ってあると思うんや。いくら飲みたくても、汚いオッサンからなんか欲しくないしな」
 権利って何だという突っ込みも、ああ、だからヴァンパイアは女性を狙うのかという同意も纏めて飲み込む。スペインの話は熱を帯び始め、こちらの返答を必要としていないようだった。
「で、人間に混じって生活していて俺は気付いた!」
 空いている拳を握り、楽しげに瞳を輝かせる。まるで子供のような顔で告げる言葉は、ロマーノの表情を引きつらせた。
「『飼育』すればええやん、ってな」
 気のいいお兄さんのような容貌で、人を家畜としてしか見ていない言葉を吐く。そこに存在するのは、人とヴァンパイアという種族の違いだった。
「ああ、ほら乳牛と同じや。乳を搾るんでなく、定期的に血を吸えるようにする」
 子供の顔が引きつったのに気を遣ったのか、言葉を和らげて言い直す。直した所で搾取の事実は変わらず、対価が血であることもロマーノの嫌悪感を煽った。
「ロマーノは顔かわええし、血も抜群に美味い。どうせその身なりじゃ孤児やろ。俺に飼われれば、腹一杯飯食えるで?」
 多くの血を飲めるように、沢山ご飯を食べさせるとスペインは小首を傾げる。ストレスは血を不味くするので、清潔な服も柔らかなベッドも用意すると熱心にロマーノを誘った。
「俺が素直に飼われるって思うのかコノヤロー」
 生憎そこまで落ちる気も生にしがみ付く気も無い。
 疲れきったロマーノには、未来への願望も展望も無かった。
「やろうなー。んじゃ」
 強気の姿勢を崩さない子供に苦笑し、スペインはロマーノが大切そうに隠すもう一人を覗き込む。彼がぺろりと舌で唇を舐めたのを、ロマーノは見逃さなかった。
「そっちの子を」
「駄目だ!」
 大切な祖父との約束を胸に、ロマーノは更にヴェネチアーノを背に庇う。先程までの強気ではあるが投げやりな態度と打って変わった姿にゆっくりと口角を上げ、スペインはロマーノの瞳を覗き込み圧力をかけた。
「選びや、ロマーノ。お前が俺に飼われてその子を助けるか、その子を俺に差し出してお前は自由を得るか」
 人間のお偉いさんにツテがあるから、そっちの子を孤児院に入れる位は出来るでと囁く。選べと言う癖に道は一つしか見えない。小さいロマーノはヴァンパイアの圧力に吐き気を覚え、体も見えない力で押し潰されそうだった。
 今の兄弟に大切なものなどお互い以外無く、祖父との約束もある。どちらかが犠牲にならくてはいけないのなら、ロマーノの答えは一つだった。
「……俺が、お前と行く」
「ええ子やね」
 にっこりと人懐っこい笑みを浮かべるくせに、目は捕食者の光りを宿らせている。そんな男に抱き上げられ、ヴェネチアーノは小脇に抱えられた。見掛け以上にある腕力にロマーノが怯えているのに気付かず、スペインは今だ眠り続けるヴェネチアーノに苦笑する。
「まだ寝とるとか、この子案外大物かもな」
「こいつの保障、ちゃんとしろよ」
「はいはい、大丈夫やで~」
 雨の降る中、三人は闇夜に躍り出る。ロマーノ達がずぶ濡れになるより先に、ヴァンパイアは目的の屋敷に到着した。