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【C83】新刊サンプル「別れの雨」【腐・西ロマ】

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「貴方が居なくなれば、次は弟の番ですからね」
 自分に預けるということは、人質が逃げないよう監視するものだと言い放つ。淡々と告げる厳しくも正直な言葉の端々に、ロマーノはオーストリアの隠れた優しさを感じた。
「バカ弟が無事ならそれでいい」
 逃げる気も死ぬ気も無い。ヴェネチアーノが普通に生活出来るなら、大人しくスペインに飼われると話す。ロマーノの答えに、オーストリアは曇らせた表情で頷いた。
 どんな権力者でも上級魔物であるヴァンパイアに対抗出来はしない。取引や駆け引きで戦うしかないと子供に分かるよう噛み砕いて説明し、ロマーノは素直に頷いた。
 ある意味、これからスペインとの戦いが始まるのだ。気まぐれなヴァンパイアが、突然「面倒だから飼育やめて殺す」と言い出さないとは限らない。
「ローマじいちゃんは、闇の生き物には強気で行けって言ってた」
「そうですね。スペインは自分に媚びへつらう者よりも噛みつく方を好むようですから、その姿勢は正しいでしょう」
 どこか遠くを見るような視線でオーストリアは頷く。
 二人が友人のような関係を持ち続けているのは、どうやら男の姿勢のお陰らしい。元々態度が大きいのか、スペインに対抗する為なのかは分からないが、目の前で立証されているのだから説得力があった。
「ローマの孫ですからヴァンパイアの生態を知っているかもしれませんが……、貴方はスペインがどういう理由で自身を引き取るのか聞いていますか?」
 厳しい表情のまま聞きにくそうに問われる内容に、ロマーノは頷いて答える。
「定期的にオッサン以外の血が飲みたいって言ってたぞ」
 ストレートな内容は、オーストリアの眉間の皺を深める。それに苦笑しつつ、ロマーノは怪我したままの手を見つめた。
「俺の血が美味いって、何度も舐めてた」
 視線の先を追い、気付いた屋敷の主人は使用人に薬を用意させる。そして「もう味見済みですか」と大きな溜息をついた。
「高い魔力を持つ者は、魔力が血に溶けて美味しくなると言っていましたね。稀代のエクソシストの孫ならば、元々の魔力が高いのでしょう」
 やれやれといったように足を組みなおし、オーストリアはこれから生涯搾取されるであろう子供に同情する。同時にこの子供一人で数年、数十年はあのヴァンパイアからの被害を抑えられるのだと町を支配する身として安堵もしていた。
「生憎私にはあの男を止める手立てはありません。ですが、ローマには昔色々仕事をして貰ったこともありますし、孫の相談に乗るくらいならしましょう。何か困ったことがあったら、あの男を反面教師にしてお行儀よくここを尋ねなさい」
 どうにもならないとはいえ、子供を生贄にするのは気分が悪い。そう渋面で告げ、オーストリアはずれた眼鏡を中指で押し上げる。思わぬ協力にロマーノが頷いていると、扉を開けスペインが部屋に戻ってきた。
「ロマーノ、サンドイッチ作ってきたで~」
 笑顔で手にしているのは、サンドイッチが乗った銀のトレイ。スペインの背後には恐縮した使用人がおり、新しいティーポットを持ってきていた。
「お前が作ったのかよ」
 目の前に出されるサンドイッチは、貴族の台所をふんだんに使った豪華な物。柔らかそうなパンに挟まったトマトや生ハムにお腹が鳴り、呆れたようなロマーノの言葉とは相反した素直な答えを伝えた。
 元気な腹の音に使用人とスペインは笑い、ロマーノは頬を染めながらパンを口に入れる。リスのように頬一杯に詰め込み会話を拒否する姿をスペインは楽しげに見つめ、ちょっかいを出しては嫌がる子供に手を叩かれ続けた。
「……今日はここにお泊りなさい。部屋を用意させます」
 傍から見れば微笑ましいやりとりも、内情を知っている者には痛ましく映る。ロマーノが傷の手当をし終えたのを見計らい、オーストリアはそう言って自室に下がった。